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革命理念(原理)  生命をたたえ、多様性をたたえる
第三部 

第四章 
わたしたちのめざす未来−マルクス的「コミュニズム」をめざす
       (新しい理念、あるべき社会・文明像)

(一)人類史に脈々たる天下の公道をゆく

 わたしたちは、万人にとっての平和と解放、連帯と協同の社会を希求し、人類史を貫く脈々たる「コミュニズム」への志向を資本主義批判として受け継ぎ、生きる。
 人類史上、思想としての共産主義は、けっしてヨーロッパに固有の思想ではない。古代中国の大同・「大道」思想があり、また日本における独自の自生の農民共産思想があり、洋の東西を問わず、古今を問わず、人類の歴史を一貫する生産者階級としての民衆の闘いの普遍的思想である。その天下の公道を近代において継ぎ、人間社会史の「前史」から資本制社会の根本的変革を通じて、その「本史」へと揚棄する思想として、マルクス主義に立つ「共産主義」もまたある。
 しかし、マルクス主義は完成体ではないし、それだけがすべてで唯一の真理だというような宗教でもない。わたしたちは、マルクスの神格化も、党の神格化も、プロレタリアートの神格化もしない。また、マルクス主義を、マルクス個人の学説・「教え」でなく、マルクス主義の大義のもとに汗と血を流して闘った先人たちの思想の総体、その精髄ととらえる。
 現代資本主義の危機と腐敗のただ中に生きるものとして、わたしたちは、マルクスの基本思想・理論をもって資本制社会の現実を具体的に分析し、批判することを方法とし、「マルクス主義」を創造的に発展させていく立場にたって、マルクス的コミュニズムの大道を歩む。

(二)マルクス的コミュニズムの原理

 わたしたちは、マルクス的コミュニズムの原理・価値目標について、資本制社会とそのブルジョワ文明の原理・価値の対極に、以下のような7つの原理・価値を構想する。 

1、わたしたちの志向するコミュニズムは、現在の状態を揚棄する現実的・実践的運動である。この運動の諸条件は、いま現存する前提からうまれる。つまり、それはすべての貧困・抑圧・支配・差別・隷属・環境破壊などの根源である資本制社会の現実を全面的に廃絶し、変革してゆく生産者大衆(「現代プロレタリア」「マルチチュード」)の運動である。

2、わたしたちの志向するコミュニズムの価値目標は、商品・貨幣・資本関係の廃絶でり、それを根本内容とする、階級の廃止、国家・権力・支配関係の死滅である。

3、わたしたちの志向するコミュニズムは、資本と国家を廃絶していく運動をへて、人々(男女・諸民族)が真に自由で自律した人間存在に変わり、その生のあり方の差異や多様性を差別や抑圧の根拠としない、「ひとりひとりの諸個人の自由な発展が万人の自由な発展の条件となるような協同社会(アソシエーション)」を実現することであ。

4、わたしたちが志向するコミュニズムは、「自由で平等な生産者のアソシエーション」の自由な発展と地球環境のエコロジカルな秩序とが調和する、二つにして一つの社会編成のあり方を、つまり「自然と人間の一和・協和」を実現するものである。

5、わたしたちが志向するコミュニズムは、生産者大衆の「政治的解放」から「人間的解放」の完成を、社会的諸個人としての生産者大衆が、その生産(消費)における協働を中心とした生活世界の中で、あくまで自律した主体として立ち、協同的知性を獲得し、自己の価値に目覚め、諸主体を互いになくてはならない協働相手と認め、万般のことを共に合議し、責任をとりあい、社会を自己構成し自治していくその「力」の発現・開花・成長に求めるものである。

6、わたしたちが志向するコミュニズムは、労働を自発的で喜びにみちた心での「仕事・活動」へと「自由時間」を通じて解放し、生きることの意味のトータルな復権を実現する。それは「他者」の存在・その他者とあることそれ自身が人間的な要求となり、喜びとなるような、人間の人間としての本質を満たす人間的解放・類的解放をめざすものである。こうした意味において、わたしたちが構想するコミュニズムは、「他者」を手段でなく目的として人間の自己回復をめざす倫理的・精神的価値でもある。
 コミュニズムは、「共産主義」という既成の訳語から連想されがちな単なる「財産共同体」に帰せられるような概念ではなく、人間と人間の協同、人間と自然のエコロジー、人間を目的とした人間自身の自己回復の倫理的・精神的価値とが不可分一体のものである。

7、わたしたちが志向する21世紀のコミュニズムは、生命を中心に据えた諸価値に基礎をおく社会と文明をめざしている。戦争と虐殺、地球と人類の破壊の資本主義の「文明的野蛮」にかわって、多民族・多文化が共存し、生命誕生以来の「40億年のひとりひとりの私の生命」をたった一つのかけがえのないものとし、この地球が売り物ではなく「未来の世代からのあずかりもの」であることをはっきりとさせる。つまり、“生命をたたえ、多様性をたたえる”「生命中心主義」の文明・生活様式への、人類の本史のはじまりというにふさわしい文明史の一大転換の構想である。
 わたしたちはそれを、総じて「生の讃歌」(生の多様性の祝福)ととらえたい。

(三)過渡期における、社会革命のヴィジョン(構想と課題)

 わたしたちがめざす高次のコミュニズムの実現にむかう「協同組合的社会」形成とその運動過程は、世界的規模でのアソシエーショナルで、エコロジカルで、かつ倫理的・文化的な総体的継続革命の過程である。
 つまり、商品・貨幣・資本関係の廃絶をめざして資本制生産様式を変え、その政治・文化の社会編成を変革し、主体とその関係を自己革命し、新しい生産・生活・協働様式とその社会編成に向かっていく社会革命、文化・生活・精神革命を生命線とする革命である。
 しかし、この社会革命は、できあいの政治機構の利用によってではなく、ブルジョア国家機構を廃棄し、自立した生産者大衆の自律・自治のための生権力の獲得と、新たな協同民主主義を創始する政治革命を不可欠の構成要素とする。
旧来、この革命過程は通称「社会主義革命」とされてきた。しかしわたしたちは、「総括」と「マルクス的コミュニズムの革命理念・原理」を踏まえて、これまでのような「社会主義」という呼称を使用しない。従って、この革命過程を「アソシエーショナルでエコロジカルな人間を目的とする革命」「現代コミュニズム革命」(仮称)とする。
 わたしたちは、わたしたちがすでに完璧なこの革命のヴィジョン・プログラムとそれへ至る道筋をつかんでいると考えていない。わたしたが手にしているのは、先人たちの残した教訓とともに、同時代人が切り開きつつある「かすかに光る踏み分け道」だけである。
その踏み分け道の辻々に立つ「道しるべ」をわたしたちは以下のようなものと構想する。

1、過渡期の社会革命の要、自己解放・自己革命
 わたしたちは、革命を単に体制や経済・政治・社会システムにとどまらず、人の人として生きていくことの総体、その「生・生活」の総体を、革(あらた)めることと考える。わたしたちのめざすアソシエーショナルでエコロジカルな人間を目的とする「協同社会」の質と水準は、この大衆自身の自己革命的な革命主体形成と成熟の度合いと質に規定される。

2、資本主義的生産・所有から「協同組合的生産」「協同組合的所有」へ
 わたしたちは 資本の搾取・収奪の廃絶(商品・貨幣・資本の廃絶)のために生産関係のみならず所有関係を変革しなければならない。その際、歴史的経験は国家権力の奪取によって私有財産を国有化し、全生産を中央統制下におくようなものでは、「自由で平等な生産者のアソシエーション」の実現にはほど遠いということを教えている。よってこのような、所有の国権主義と法的形式へのすりかえを戒め、一切の生産手段の資本家的私的所有を社会的所有に変える。この「社会的所有」の内実と実態は、「自由な協働・協同労働」に結ばれて生みだされてくる多様な「協同関係と生産協同組合など諸組織」とその編成によって形成されていく「協同社会」の共同所有に、またその協同社会的所有とを基礎とする「個人的所有」に移行させていくことである。つまり、形式ではなく実態として、生産者諸大衆が、自立・自律し、協同し、生産と分配、消費と流通、廃棄をはじめ、企業・工場・農地、そして労働力の配置、信用制度に至るまで、地域・社会の運営の万般を「生産者諸大衆」の社会的自治を実現すること。いいかえれば協同的な民主主義を闘い取り、生産と技術、管理の質を変え、生産と労働の人間的本質を奪還していくことである。
 「解説」マルクス晩年の過渡期の構想は、生産協同組合を基礎とした諸要素に、新たな社会の経済システムへ発展するコミュニズムへの可能性をみるものである。現代資本主義は、商品・貨幣・資本を廃絶していくことが可能な社会的・客観的諸条件、およびその資本の直接的生産過程、流通過程、資本制的生産の総過程での多様なそうした方向への社会運動・生産者運動を生み出している。これらの挑戦、運動が「国権主義」的にではなく、あらたな「協同社会」の形成へと結びつけられていくようにすることが要である。 と同時に過渡期にあっては、資本主義的生産が「協同組合的生産」に代っても、他面で小商品生産は存続するし、協同組合的企業をはじめ各種企業相互はいぜんとして世界市場に連結する市場的関連に結ばれざるをえない。従って、商品生産、商品流通は依然として存在する。過渡期においては、市場経済が社会の中で占める位置と役割は減退するが、市場経済は残る。こうした意味において、過渡期の経済は、過渡的二重構造、「協同組合的」計画と市場を結合した複合経済とならざるをえない。だからこそ、生産者諸大衆が全国的共同計画の拡充と、市場を統制しつつ新たな社会経済システムの発展への諸条件を創っていくことが、過渡期的歴史的課題である。それは、「共産党一党独裁」の下に、「国家」をテコに、国家資本主義を促進させつつある現代中国などのいうところの「社会主義市場経済」とは似て否なるものである。

3、賃金奴隷労働から協同労働へ
 わたしたちは「労働の解放」から「労働からの解放」をめざして、資本制生産様式の下での各種の賃金・家内(性)・「植民地」奴隷労働を、働く能力・資格をもつ万民の「皆労」と子供、老人、心身「障害」者など弱者を社会全体が支えつつ、「自由な協同労働」に変革していく。それにとどまらずに、「豊かさ」の基準を物質的な量の問題とせず、「人間関係」「自然と人間の調和」「自律的で自由な時間」の豊かさや、その「生のあり方の多様性」などの豊かさを尺度とするものにかえる。そのためにも、まず「近代の労働観を克服した新しい労働概念」による多様な活動領域のなかでの「労働時間の短縮・自由時間」革命が不可避である。

4、国家・権力を社会的自治組織に移行
 わたしたちは、国家・権力関係を、下からの地域的協同的自治諸組織の全国的「連合体」へ移行させる。過渡期において「権力」の階級的性格はかわり、生産者諸大衆の自己統治の構成的な権力に移行しつつあると考える。しかし、「半国家」とはいえ、国家権力はいまだ存在する。わたしたちは過渡期における権力の廃絶・死滅へ向かっての生産者諸大衆の意識的変革の方向を、総じて政治権力を下から構成されてきた社会的自治組織に吸収し無化していく方向へと構想する。
 「解説」「パリ・コミューン」の原則(民兵制・全ての公務員の完全な選挙制・解任制と特権の廃止、政教分離、教育の無位化、学問・芸術の自律など)の現代的発展と実現をめざす。また、「パリ・コミューン」の敗北から導かれたように「連合した諸協同組合が一つの共同計画(国家の、、ではない)にもとずいて全国の生産を調整する」ためにも、これらの生産協同諸組織や分権的な地域単位の自治体の全国的な連合へ政治権力を移行していくことが不可欠である。

5、参加・協同民主主義の発展を
 わたしたちは、協同民主主義の徹底・高次化・制度化を追求する。それは、協働・協同関係の中に育まれ、「他者」の視座をもった、他者としての人間を手段としてではなく「目的」とする高度で、直接的・根源的な民主主義の追求である。現代資本主義がつくりだしているネットワーク社会の諸要素、新しい情報通信技術道具は、上からの民衆への管理の方向でなく、民衆自身の自律・共生・「共愉」の方向へ使用する。要は、民衆の運命は民衆自身が自己決定し、自治してゆくために情報を民衆的に組織し、文化的コードをめぐる民衆の対抗力を強めて、より高度の民主主義を徹底的に創始することである。この民主主義の実現において、直接民主主義をも相補するものとして、民衆の無制限の政治的自由(結社言論,出版、、、など)とともに、ブルジョア的代表制にかえて、「パリ・コミューン」の原則にある「派遣制(代理人制)」を制度として具体化する必要がある。

6、「社会的性格」の「党」、その自己消滅
わたしたちがめざす「党」は、マルクス的コミュニズムの志で結ばれ、そのコミュニズムの「国家中心のパラダイム」と決別した理念・原理と背中合わせの「社会的性格」をもつ任意の組織である。と同時にこの「党」は自立した大衆の自律により、一切の階級独裁、国家の死滅とともに、党もまた消滅することを初めから自覚した誇りある組織である。過渡期において「社会的性格の党」は、生産者諸大衆の一部分として意識的に闘うが、「国家」権力と癒着・一体化せず、権力を貪らず、大衆を代行せず、組織的存在としては不断に「在野」にあって、過渡期の社会・文化革命の継続の道をすすむことを最初から明示しておく必要がある。「協同社会」の実現のための社会革命の発展のためにこれを下支えし闘う「社会的性格の  党」は、「中央集権主義の組織原則」にかわって「党員、構成員主権」(原則)でなければならない。その原則の下に自由な論争が保証され、大きく開かれており、党の主人公たる一人一人のメンバーの政治的意思が、下からその直接・間接を問わず反映されるような意味での相互に足らざるを補い合う「協同原理」による民主主義が発揚されていなければならない。そうでないならば、生産者大衆の一部でありながら、同時にその全体としての闘いの方向を、協同社会の実現にむけて推進する「推進力」、「助ける人々(フェシリアーテ)」としての使命を果たすことは出来ない。その意味で、党員主権・民主主義的原則、分派の権利、公開性などは最低限の組織原理である。これにとどまらず、現代資本主義のなかに生み出されている新しい諸状況に見合う「リゾーム状」の組織原理や「党」外の公共社会におけるその他の諸党やNPO・NGO的な多元的な社会諸団体の発展とも相互関係的に結びつきながら、よりふさわしい組織原理を創造する。

 わたしたちは自覚している。
わたしたちの志向する「資本主義批判に立つコミュニズム」の「革命理念(原理)」は、人類史の流れのなかにある現代の歴史創造者たる生産者大衆(「現代のプロレタリア」・「マルチチュード」)のそれとして、それぞれのその地の闘いの「民衆的伝統」の「魂」の鉱脈・水脈を掘りあてその固有の表現をもつところにまで至らねば、時代の「解放思想」にはならないであろうことを。
 わたしたちは、このことを深く自覚し、21世紀の日本における「日本とは何か」の根源的(ラジカル)な問いかけを自らに発しつつ、多様な多くの回路を通じて人々とともに支えあい、学びあい、新たなヴィジョンを描いては描き直すプロセスとしての「現代コミュニズム」への「踏み分け道」をすすむ。


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