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 コム・未来「プログラム」(成案)

第三章 

帝国の「文明的野蛮」か、多民族・多文化の共生する「もう一つの世界」か

―「9・11事件」以後の現代世界と選択肢

(一) 新たな世界秩序の再編成に入ったブルジョア世界

 多国籍金融独占資本の「世界体制」の特性

 近代ブルジョア社会において、資本主義は人類史上はじめて「一つの世界」として「世界市場」を出現させた。資本は賃労働と対抗関係にあると共に、資本相互の「自由競争」の関係、ならびに中心世界と周辺世界との関係で、価値増殖運動をつづけてきた。それゆえに〈神の手〉による〈自由放任〉の市場を通した支配は、この資本の人格的表現たる〈ブルジョアジー〉の予定調和的願望にもかかわらず、それに反してしばしば恐慌・内乱・革命・紛争・戦争をもたらさざるをえなかった。

【解説】ドイツ諸侯国などの新・旧キリスト教徒の内紛に、ヨーロッパ諸国が介入して始まった30年戦争が中世キリスト教世界を廃虚に帰せしめた。ヨーロッパを舞台とする近代の国民国家体制は、この後の終戦処理として、1645年のヨーロッパ的国際機構として生れたウエストファリア条約体制の下に産み出されたのである。第一次大戦後の国際連盟、第二次大戦後の国際連合の設立をはじめ幾多の際機構・国家間機構も、こうした国民国家を単位とする国際関係体系の一環であり、20世紀の「戦争」と「革命」がもたらした20世紀的国際現象である。

 ブルジョア世界のたえざる不均衡化と不安定化、中心(北)と周辺(南)の対立・闘争の増大、自然生態系環境との矛盾も、不可避であった。あくなき価値増殖運動以外に何の動因も目標ももたない資本の運動は、本来無国籍的なもの、世界的なものである。にもかかわらずそれらの諸矛盾の処理、鎮圧、平定などひとつとっても、国家の諸装置・諸制度を必要とし、それを維持・利用・変容させつつ資本はブルジョア国家の力、並びにこの国家の国際的機構の力に依存せざるをえなかった。近代ブルジョア社会は、無国籍資本とナショナルな国民国家とのアマルガム(合金)である。

【解説】今日の多国籍企業という新たな資本も、その資本形態からすれば「株式資本」形態に属する価値増殖運動であり、その資本蓄積構造からすれば〈金融資本〉的蓄積様式に属する。その限りで、資本主義の「最新・最高の段階」である20世紀初頭に出現したいわゆる帝国主義=金融資本主義段階の資本の形態・蓄積様式を超えるものではない。しかし今日の大変容しつつある多国籍型企業形態をとる金融資本は、管理通貨制の変動為替相場制と国際金融のグローバルな自由化という世界通貨的条件下において、世界独占と化した巨大な銀行資本、同じく世界独占と化した巨大な産業資本、ならびに商社にみられる世界独占と化した巨大な流通資本との、直接の世界的化体として立ち現れている。それを基軸とする世界体制は、アメリカ合衆国をヘゲモニー国家とする「パクス・アメリカーナ」体制である。

 世界帝国の形成

 したがってその世界体制は、その〈信用資本主義〉ともいえる新たな高次の諸特徴とともに、これまでの古典的帝国主義や「国家独占資本主義」に、納めてしまうことのできない世界大の多国籍的・超国際的性格において際立っている。パクス・アメリカーナのヘゲモニー国家アメリカ合衆国は、核宇宙兵器と覇権通貨ドルと電子インターネットを独占する「ドル・核帝国」として、〈世界帝国〉としての今日的特性をもっている。この現代の世界帝国は、前近代のもろもろの「世界帝国」とは異質な、ブルジョア的近代に特有な「世界経済」をくぐってグローバル経済と化した「世界帝国」に他ならない。それは、これに対抗する主体が、反グローバリズム運動として現われざるをえない所以である。
 現代資本主義のシステム危機の只中で、国民国家・議会制民主主義などの体制疲労・衰退があらわとなり、本来の世界的主体なる「プロレタリアート」「マルチチュード(多衆)」の潜在的形成がここに地球規模で始まっている。
 これに対抗して資本の人格たる「ブルジョアジー」は、その政治的代理人をもってその価値増殖のために、ブルジョア世界の維持と危機打開のために、世界支配体制とその新秩序を再編成しようとしている。それは、ネオ・リベラリズムの世界支配とともに、システム危機にある戦争・福祉国家を、再び建て直そうとするネオ・ナショナリズムの動向をもたらしている。

 戦後の革命と反革命

 戦後世界の始まりを規定したものは、第一次世界大戦を契機に近代西欧文明の破産管財人となり、第二次大戦を契機に一つの超大国となったアメリカ帝国である。と同時にもうひとつの規定力は、第一次世界大戦を機としたロシア10月社会主義革命以来、幾多の困難と敢然と闘った者たちの流したおびただしい血や涙の中から澎湃(ほうはい)とわきおこり、アメリカ帝国を盟主とした世界支配体制をつき動かしていった全世界の民族独立革命の嵐のような進撃であった。

(注)1949年の中国革命、戦後の東欧革命、59年のキューバ革命、69年―72年のヴェトナム革命、ならびに、マルクス主義的立場に立脚した民族解放革命とは原理・形態は異なるが79年のイラン・イスラム革命などである。19世紀以来の古典的植民地体制を全世界的に崩壊させたこれらの民族独立運動の強力な動向は、 その後のフィリピン・韓国・ニカラグア等中南米・南アフリカ・そして20世紀最後のインドネシアからの東チモールの独立などに受け継がれ、ポスト・コロニアリズムの今日の世界をもたらしている。

 この「南」の歴史的動向に対抗し、戦後世界を支配してきたアメリカ帝国を主柱とする世界支配体制=ドル・核体制とは、どのようなものか。それは、日本・欧州などほかの「北」諸国を、核を中心とする軍事同盟とドルを中心とする管理通貨・金融体制の下に統合し、それら諸国を一定の支配と統制の関係に置き、「南」周辺世界を構造的暴力によって乱開発・格差化していった。さらにそれは、現代科学技術(テクノロジー)の巨大な発展、多国籍化を媒介にして、生産と交通の世界的編成を、IMF・世界銀行・WTOなどとこれらの諸国民国家の国際的連合を利用しつつ促進してきた国際的・世界的体系である。
 それは、民族独立・新民主主義・社会主義革命への革命運動の進展に強制されて、NATO・日米安保を基本骨格として旧植民地の民族独立を承認しつつ、これら新興独立諸国を資本と先進国のヘゲモニー下に取りこみ、これを封じ込め、包摂しながら革命の発展を圧殺し抑圧してきた国際反革命体制でもある。

 もう一つの「社会帝国主義」的構造

 戦後世界には、旧ソ連邦を主柱とするもう一つの「社会帝国主義」的構造が形成され、米帝を主柱とする国際支配体制との間で、世界支配の争奪を行ってきた。
 「社会主義」を名乗りながらもうひとつの「帝国主義」的構造をもつ「ソ連圏」とよばれた国際支配体制とは、スターリン主義のソ連邦を主柱に、「ワルシャワ条約機構」下に東欧諸国を支配と統制下におく、いわゆる「世界社会主義体制」である。それは国内・周辺国家の労働者・被抑圧民族に対するスターリン主義的官僚=ノーメンクラトウラの支配と抑圧の体系であった。この「社会主義諸国体制」は、それはそれでアメリカ帝国主義を主柱とする国際支配体制との核均衡の「東西冷戦」構造の世界を形成していった。

 1968年「世界叛乱」と挫折

戦後世界を規定していたアジア・アフリカ・ラテンアメリカなど「南」の諸国の民族独立・反開発・反独占・民主化などの革命運動は、この二つの「帝国的構造」とその支配・統制をゆさぶり、国境を越えて前進していった。
1968年の「世界叛乱」は、1950年代半ばに公然となったこれらソ連邦のスターリン主義的変質に対抗する新たな「世界革命」への新しい潮であった。その叛乱過程で、新しい社会運動(フェミニズム・エコロジー・エスニシティ等)と反スターリン・マルクス主義を掲げる「新左翼」諸潮流を登場させた。しかし、「68年革命」は総体としてインドシナ三国へのアメリカ帝国主義の侵略反革命戦争を挫折させ、ニクソン新政策を止むなくさせながら、叛乱から社会変革への道を探る途上で、高度消費文明・情報化社会への変容を強めた現代資本主義的反革命の前に挫折した。

(注)日本における新左翼の挫折は、とりわけ著しいものであった。それは、スターリン主義的体質の未清算を根拠に、革共同両派の「内ゲバ戦争」と連合赤軍事件にみられるごとく、その倫理的・思想的退廃を極め、大衆の離反にもよって、新左翼総体の退潮・分解・消滅に向い、今日に至っている。

 また、戦後の民族独立革命の大後方の位置を占めて、変質したソ連邦と対立してきた人民中国が、プロレタリア大文化革命の挫折のあと、〈開放・改革・現代化〉の名の下に変質しはじめ、資本主義の道をすすみ始めた。
 「世界反乱」の敗北と中華人民共和国の変質は、戦後の「南」の諸国の民衆が、民族独立革命から社会主義革命の発展に進む上での大きな困難をもたらした。それはまた「北」の欧・米・日諸国の内部で、反ヴェトナム戦争・反管理の反乱に立ち上がったわたしたち自身の衰退・変質・孤立をもたらしたのである。

 89―91年の世界史的転回とアメリカ一極の世界支配体制の完成

 1989年の中国天安門事件と改革開放政策への転換、ベルリンの壁の崩壊、91年のソ連邦崩壊・消滅は、「社会主義諸国体制」の瓦解と東西冷戦構造の崩壊をもたらした。
 同時にそれは、「独り勝ち」のアメリカを基軸国とする現代資本主義のグローバリゼイションへの市場的・政治的条件を整えた。同時に世界大不況下での、イラクへの湾岸戦争、米経済のニューエコノミー化をもたらした。それはまた、日米安保同盟下にある経済大国日本に湾岸戦争へのPKO参加と「平成」大不況以降の「失われた10年」事態の始まりをもたらした。
 ここに、戦後の「パクス・アメリカーナ」のドル・核世界体制は頂点をきわめ、アメリカの「世界帝国」化とアメリカ一極覇権の資本のグローバリゼイションの時代が急展開した。 

【解説】アメリカは「自由主義市場経済」政策と、核戦力前方展開、「南」抑圧、ミサイル防衛構想の「安全保障」軍事政策を推しすすめた。この最新の歴史過程であるアメリカの「世界帝国」化と制覇の「パクス・アメリカーナ」の頂点において、全世界と全地球に大災厄と諸矛盾をもたらした。またその大競争の暴走とによって、システム危機(福祉型国民国家と議会制民主主制度などの制度疲労と危機)をもたらした。さらには現代世界の非対称的な不安定性の増大、南北の貧富、格差の一層の増大等をもたらした。なかんずくその世界的格差の拡大が久しく蓄積させた「南」の周辺・辺境圏・最貧国における極度の貧困、「独り勝ち」のアメリカへの怨嗟・呪咀・憎悪の声を、「反米感情」として決定的に拡げることとなった。ここに「九・一一」事件の根は深く育まれている。

 「戦争と革命の20世紀」は終わった

 89―91年の諸事件は現代世界史の歴史的転回点である。ここに「戦争と革命の二十世紀」は終り、21世紀の幕が切って落とされたのである。
東西冷戦の戦後世界の終焉は、資本の国民国家をテコとした世界の近代的合理化も、これに対抗した「二十世紀社会主義」の挑戦も、結果として一つの近代化過程の完成の中に包摂されたことをはっきりさせた。それのみならずその包摂の完成された極点で、この近代化のシステムそのものがその歴史的臨界点に達したことを告示したといえる。そのことのもつ今日の世界にとっての歴史的意味は、「九・一一」事態の中に日々あらわれているごとくである。

(注)その全体的経過はまた、産業文明・西欧中心の発展史観、社会進化論を特性とする近代イデオロギー総体(スターリン主義、コミンテルン的「マルクス・レーニン主義」、ケインズ主義、自由と民主主義等々をふくめて)の行き詰まりと危機、現代国民国家(ソ連型共産党一党独裁の社会主義国家・ヨーロッパ型の福祉国家・「南」の開発独裁として民族独立国家・アメリカ型民主主義国家)のその歴史的限界をはっきりさせたのである。

(二)
「九・一一事件」以後、アメリカ帝国の戦争テロルの発動と大動乱の時代

 「九・一一事件」の意味

 宇宙空間に至るまでの全世界を独占支配しようとして、利潤本位・国益本位の「ユニテラリズム(単独行動主義)」をゴリ押ししてきた「世界一となったアメリカ帝国」。この「北」の現代資本主義文明の中枢部の核心において、歴史的な悲劇の〈突発〉として「九・一一事件」は起こった。それは、全世界の万民に巨大な衝撃をもたらした。

(注)多国籍金融独占資本の利権と石油資本・軍産複合体の利益を代弁するブッシュ米政権は、「9・11事件」直後「テロル排撃・テロ根絶」を恥知らずも言い立て、アフガンに対して国家的なテロ・侵犯戦争・大虐殺を発動した。

 2001年9月の「九・一一事件」とその後の事態は、アメリカ覇権国家を主柱とする戦後世界の支配秩序が、その完成の極点において解体期に入り、多国籍金融独占資本を世界基軸とする現代資本主義の「パクス・アメリカーナ」システムが世界史的な没落期に踏み込むにいたったことの象徴である。このことは、資本の近代世界システム・西欧近代文明の終焉と動乱の二一世紀が始まったことをしめした。それは91年のソ連邦崩壊に続くもう一つの20世紀と21世紀を画する世界史的転回点が到来したことを意味している。

 「人類の敵」となったアメリカ世界帝国

 アメリカは15世紀の「大航海時代」に発見された新大陸として重商主義世界に組み込まれ、イギリス植民地からの独立革命戦争によってその建国を開始した。その後、アメリカは金融資本主義・現代資本主義への転化過程の中にあらわれたいくつもの各「帝国」列強の最も精妙・野蛮な部分を自らの内に吸収し、かつまたこれに対抗しようとした「二十世紀社会主義」の歴史的挑戦とその獲得した成果をも「食い」ながら、近代西欧文明の「文明的野蛮」を体現する「唯一の超大国」となった。 この世界一の戦争・福祉国家アメリカの体現する「文明的野蛮」とは、そうした意味において、アメリカ建国以来500年の最終局面における、血をしたたらせながらの資本主義の歴史的近代の絶頂化と没落の始まりの姿である。

【解説】コロンブスによるアメリカ大陸の発見以来500年、白人支配のアメリカは先住民族インディオ・インディアンを駆逐し、かれらの土地と文化を奪い、カリブの島々を次々と侵略し、労働力としてアフリカから黒人を連れてきて近代奴隷制に立脚する市民社会を創出した。さらにイギリスから独立した革命後に南北戦争・米西戦争を経てブルジョア化と古典的意味で「帝国」化を完成し、19世紀末から今日に至るまで一貫した、世界への開発・侵略と膨張主義を追求してきた。
 19世紀にはメキシコと南方へ、さらにキューバ・ハワイへ、20世紀の半ばには、「共産主義の脅威」に対抗する「自由と民主主義」のスローガンのもとに、イラン・グァテマラ・チリの政府転覆への軍事行動を行い、それは朝鮮・ヴェトナムへの軍事介入へと連なっている。と同時に、第二次世界大戦の末には、巨大な石油の埋蔵地である中東への軍事介入を開始した。イラクのサダム・フセインを、またはアルカイダ勢力を自らの権益のために育成したのも、また現在のパレスチナ人民の虐殺をほしいままにしているシオニスト・イスラエル政権の後ろ立てとなってシャロンを育ててきたのもアメリカである。

 今や全世界に「安保体制」を布き、日本・沖縄からサウジアラビアに至るまで100以上の諸国に米軍基地を保持する「世界の保安官」となったアメリカの「開かれた社会・民主主義・自由と平等」という「米国流民主主義」の化けの皮もはがれた。
 「アメリカニズムの神話」は崩壊した。アメリカ帝国は、「京都議定書」からの離脱による地球環境破壊はいうに及ばず、その戦争テロルの発動と拡大によって暴力と憎しみの輪を世界に拡げ、全世界の民衆を地球まるごと地獄の淵に引きずりこむ「人類の敵」となり果てた。

 イスラームの抬頭とその文明史的意味

 今日の世界危機のなかでの「イスラームの台頭と挑戦」が意味するところを、どうとらえるか。
 近代性をヨーロッパ発のもの・ヨーロッパ型のものだけとする見方は、19世紀以来の西欧中心のブルジョア国家が定め、上から近代世界に普遍化し、強制した約束に過ぎない。

【解説】歴史をふりかえれば、7世紀以来イスラーム・アーバニズムが近代性を開花させ、都市化・商業化・政治化を通じて個人主義・合理主義・普遍主義を拡張させたことは歴史的事実である。このイスラーム文明に触発されて、その後の10世紀から16世紀にかけて、ヨーロッパへ、中国・インド・東南アジアなど多様なアジア諸社会へ、果ては日本に至るまでの「近代化」過程が、相互作用を伴いつつ展開されてきたのである。このかつてのイスラームのグローバリズムの歴史を、西欧・欧米中心主義は隠蔽してきたのである。

 かつてイスラーム文明は、科学・技術・市民社会・男女平等・市場経済を主導した。にもかかわらず、西欧的近代化のかげで今日おちいらされている惨憺たる現状の苦難がもたらすブーメラン現象が、現代資本主義の世界が直面する危機のただなかで「文明の衝突」的様相をもって、9・11事件事態として発現したのである。そのようにとらえるならば、7世紀に端を発した世界の近代化の総過程が、めぐりめぐって資本制近代の極点にたったアメリカの「文明的野蛮」の裂け目を暴き出して近代発展史の基層部を露出させながら、その総決算を問われているといえる。それは、わたしたちにとって、これまでの欧米中心主義の人間観・世界観を克服し他者の存在、イスラーム・アフリカ・アジア固有の原理や文化などその多様な価値を認め、全世界の多民族・多文化の平和的共存をめざす新たな文明への根本的転換が問われているものと、とらえかえさなければならない。

【解説】この根本には次のような事情がある。つまり、アメリカ「世界帝国」の没落と世界的金融恐慌の接近が現代資本主義の根本的矛盾の発現であるにもかかわらず、20世紀の「革命の世紀」の遺産を受け継ぎ発展させるべき、現代資本主義に代わる新たな「オルタナティヴ」が、「二十世紀社会主義」崩壊以来の「主体の危機」の状況によって、時代規定力をもって「アメリカニズム」の文明的野蛮に代わる新たなコミュニズムとして立っていないという深刻な問題がある。そうした革命主体の危機的低迷の結果として、「イスラーム原理主義」と「アメリカニズム」との一見「文明の衝突」的様相をもってする世界的危機が発現しているといわなければならない。しかしながらわたしたちは、こうした「欧米対イスラーム」という二項対立的とらえ方に事の本質があるとは考えない。

 アメリカ帝国の「二一世紀型戦争」と世界秩序再編成

 「九・一一事件」以後の現代世界史の新しい局面を規定するものは、いぜんとして、巨大な世界帝国となったアメリカ帝国の主導しようとしている「二一世紀型戦争」の基本動向である。
 「二一世紀型の新しい戦争」の性格・特徴とは何か。
 それは、古典的帝国主義規定にもとづくかつての帝国主義列強間の市場分割戦争を意味する第一次・第二次のような帝国主義諸国間の世界概念としての「世界大戦」の始まりではない。なぜなら、現代資本主義の脱領土化の現段階では、その圧倒的な核軍事力・覇権通貨・高度情報通信システムの優位をもって、ロシアや中国まで含む列強諸国の間に、超大国アメリカの一極覇権体制が完成しており、旧い国民国家と国民国家のあいだの戦争は終わったのである。「二一世紀型戦争」は、アメリカの「世界帝国」への完成の極点のところで形成される、「グローバリゼイションとアメリカニズム」の根本矛盾に発する周辺諸国・民衆を対象とした「戦争」である。

【解説】その戦争形態の特徴は、帝国主義列強同士が、あるいはまた「英米仏民主主義大連合」対「日独伊三国ファシズム枢軸」が、全地球的世界舞台において「ホット・ウォー(熱戦)」として展開した二度にわたる総力戦としての世界大戦とも異なっている。またそれは、東西冷戦構造の下での熱核世界戦争を禁じ手とした「コールド・ウォー(冷戦)」とも異なっている。
 つまりそれは「IT革命」など情報技術で武装したRMS(軍事革命)による戦略情報戦争「シャドウ・ウォー」を伴うもので、「ミニ核兵器」をも使用して、戦争における兵力の被害を最小限に抑え、電子空爆戦争によって早期に干渉・介入目標を達成し、被害国の住民を殲滅=ジェノサイドする「二一世紀型の戦争」である。

 アメリカの地上戦を含む戦争の拡大は、ヴェトナム戦争の悪夢の再来となり「世界同時株安」――世界金融恐慌の危機をもたらす。よって、戦争下にある米国内の民心と世論の分岐、分解、反撥、反抗の高まりは避けられない。ブッシュ・ドクトリンの「二一世紀型戦争」の妄想のおもむくところとは逆に、アメリカ世界帝国の歴史的敗北と没落は不可避である。

 東アジアが世界的危機の舞台に

1991年の湾岸戦争以降、「ユーラシア大陸」がモンゴル世界帝国以来、久し振りに21世紀の地政上の戦略的舞台にせり上がってきた。
 ユーラシア大陸の西の端の「西欧」と東の端の朝鮮半島までの「両端」を、切り取るように形成されてきたアメリカ世界帝国の一極覇権体制が、どのようにこの世界危機の中で動揺し、どのようなヘゲモニーの台頭と抗争の中で、歴史的没落と変態をとげ、逆流をも起こしながら自らの終わりを告げていくのか。そのことが、「九・一一事件」にはじまるここ4半世紀ぐらいにかけて、世界を規定する重要な問題となっている。
このユーラシア大陸の西端、東端(及びそれと関連する諸地域)で、現代世界を当面規定している「パクス・アメリカーナ」の歴史的没落過程と連動して、冷戦構造崩壊後の注目すべき大地殻変動が起こっている。

1、 欧州。
 19世紀には「産業革命」と「市民革命(ブルジョア民主主義)」によって、20世紀には「社会主義」と「国民国家」によって世界をリードし、世界史への「実験」に挑戦してきた。21世紀初頭の資本主義欧州は、統一通貨「ユーロ」を経済的推進力として、旧東欧諸国を含む2004年「欧州統合―大欧州」の実現をもって、「ウエストファリア体制」以来の一民族一国家の歴史的限界を超えた実験に挑戦している。

【解説】欧州内部における各国内のナショナリズム、中道・右派政権の台頭も著しい。また国境を超え、「国権」を下放して、地域の主体性を重視する地域連携の実験場として「バルト海都市」「地中海アーチ」を生み出すなど、その変化も著しい。
 その「EU」の基軸国家であるドイツが、改憲してアフガン侵略戦争時にはNATOの集国的自衛権の発動という形で参戦し、日米安保下の日本の参戦とともに戦後の政治的制約を破った。しかしドイツはイラク戦争に対して右翼勢力の抬頭と対抗しつつ、「イラク参戦拒否」を打ち出すに至り、シラク大統領のフランスもこれに同調している。また、米英同盟下のイギリスも、戦争の拡大には国内世論の分岐もあらわれ始めている。こうして、NATO・日米安保基軸のアメリカ一極覇権の国際的軍事同盟も、依然その枠内においてではあれ、ブッシュのイラク戦争をめぐって動揺と分岐が起こりつつある。

2、ロシアと中国。
 ソ連邦崩壊後のロシアは、かつてのアメリカと世界支配を争奪した位置から全面的に後退し、その協力者となっている。際立ってきたのは、WTO加盟後の現代中国の大変化と世界舞台への浮上である。
 現局面では中国・ロシアは資本のグローバリゼイションの中で、「上海協力機構」を創設し、米帝一極支配に対して一面では対抗しているが、ロシアは、グルジア・チェチェン問題で、中国は台湾・ウイグル問題を抱え、一方でアメリカ帝国の「反テロ戦争」に加担し、他方でブッシュの覇権戦争の拡大への異議申し立てをする関係にある。

【解説】今日の中国社会は、1988年の憲法改定(ブルジョア企業の存在と土地の売買)を一つの資本主義復活の指標として、1990年代後半からの全面的復活の第二段階を経て巨大な変化を遂げつつある。それは、計画経済から市場経済へ、「小康」社会をめざしつつ中産階級の急速な拡大による近代的社会へ、革命世代から革命を知らない新次世代への交代など、社会全体の枠組み・価値観・思考様式・文化の大変化を伴いつつ、年平均9%という本格的な資本主義への成長段階に入った。WTO加盟を契機に、2020年代にその頂点を迎えるとされる。

 この結果、貧富の格差、沿岸地域と内陸地域の格差矛盾が激化し、それによって労働者・農民の反抗・抵抗も増大し、新彊・台湾など民族紛争も激化し、「中国式資本主義」の発展と共産党一党独裁権力との間での矛盾も深まってきている。
 こうして現代中国は、革命も階級闘争もとうの昔に投げすて、WTO加盟によって資本のグローバリゼイションの中の大競争に参入し、13億の巨大国内市場を有する新たな「世界の工場」へ、経済超大国化の道を、国内格差拡大・民族紛争・公害・環境破壊を伴いつつ走っている。中国共産党16回大会における「三つの代表論」にもとづく「規約改正」は、こうした中国革命の変質と社会の変化にもとづく、「企業家―資本家の入党」をみとめるものである。文字通りそれは中国共産党がこれら新たな「赤いブルジョアジー」の国民党へ、その共産党独裁がブルジョア独裁に転化するその重大な政治的転換点である。

3、中東・パレスチナ問題の歴史的性格と構造。
(注)「中東」は、第二次大戦終結時に参戦したアメリカによって、ヨーロッパ・他地域の戦後復興にこの地域の石油を流しこみ、そのアメリカ型大量生産・大量消費の生産・生活様式を推進するシステムとして政治的に形成された地政概念である。「中東」という概念は、もともと西欧中心の「近東」「中東」「インド・支那」「極東」といった方法からくる地政学的偏向をもつ政治的概念に他ならない。(地理的概念でいえばむしろ中近東・近東にあたる)。

 「中東」の争乱の源である「イスラエル」建国とは、イギリスの植民地であったパレスチナを、パレスチナとアラブ国家とイスラエルに分割する「からくり」の中で、1948年に親米国家として、誕生した。イスラエルは、アラブの石油パイプラインの欧米への到着地点であると同時に、ヨーロッパのジェノサイド・ホロコーストで生き残ったユダヤ人難民の収容所でもあった。「シオニズム国家」イスラエルは、今日までアメリカの分身として石油の安全保障システムの重要な柱の一つとして機能してきた。アメリカ を後立てに、ユダヤ人のみの国家をパレスチナの地に樹立しようとするシオニズム計画によってパレスチナ人とよばれるこの地に住むアラブ人住民をその土地から排除し占領し、難民化し、入植者に置きかえ、対抗するパレスチナ人に虐殺の限りをくりかえしてきた。これに対するパレスチナ人民のイティファーダ抵抗闘争が不屈に持続されている。これが「中東・パレスチナ」問題の構造と本質である。
 アメリカのイラクへの戦争テロルの拡大は、イスラエルの公然たる参戦の口実を与え、中東アラブ諸国の反米・反イスラエル闘争を呼び起こすことは必至であり、「中東戦争」の危険も否定できない。

4、朝鮮半島における戦後冷戦構造の崩壊と新たな激動の始まり。
 2000年6月、韓国の民主化闘争の発展と金大中政権誕生を契機に、歴史的な「南北共同声明」が発せられ、朝鮮民族の悲願ともいえる朝鮮半島の自主的平和的統一への新しい歴史の幕が上がった。

【解説】ブッシュ政権がイラク・イランと共に「悪の枢軸」と名指しした朝鮮人民民主主義共和国(北朝鮮か共和国と略)は、抗日武装闘争後、労働党一党独裁下に、封建的世襲制と官僚主義的支配、結社や自由の制限をもってするソ連型・スターリン主義と民族主義にいろどられた「チェチェ(主体)」路線をとってきた。その金日成・金正日個人独裁体制の破綻の結果、現在の北朝鮮では、食糧不足による飢餓、エネルギー不足、極度のインフレーションに見舞われ、食料配給制を廃止せざるをえないなど国家崩壊の危機にある。この間の北朝鮮民衆の難民となっての周辺諸国への「脱北」流出は、とどまるところを知らない。韓国金大中政権の「太陽政策」は新千年民主党盧武鉱(ノムヒョン)政権に引き継がれた。ロシア・中国などのそれへの同調もあって、南北朝鮮統一への動向は、米日をはじめとする反動勢力の巻きかえしにもかかわらず、歴史の流れである。北朝鮮金正日政権は、崩壊からの危機脱出の道を、ロシア・中国にならって市場経済化・資本主義化の道に求め、なりふりかまわずに進み始めている。北朝鮮の「核開発」をめぐって米朝関係の硬化の中、アメリカの東アジア安保戦略の「露払い」役を担って、日本の小泉首相が戦後初めて訪朝し、「日朝平壌宣言」・日朝正常化の扉が開かれた。

 北東アジアの世界的激動の入り口に、立っている

 注目すべきは、世界的危機の発現の中心舞台が、アメリカが先制攻撃の対象とする朝鮮人民民主主義共和国との日朝正常化・南北朝鮮の自主的平和的統一を軸心に抱え込むに至った東アジアの世界になってきたことである。そこで台湾独立に武装弾圧の態度を堅持し、「中国式資本主義」の特異な道を歩む「世界の工場」中国が、朝鮮民族の悲願ともいえる南北統一が不可避とする朝鮮半島の激動とともに、日本・アメリカに激甚な直接的影響をもたらすは必至である。またそれが冷戦後の地殻大変動による再編過程にあるユーラシア大陸・中央アジア・中近東へと連動してゆくことによって、西の世界焦点パレスチナ・イスラエル・イラクと共に、その連環を鮮明にしてゆく緊張と激動の世界的動態となってゆくは必至である。 アメリカの世界戦略下でのこうした事態は、米日核安保同盟の漂流と動揺・変態をも大きく規定することとなる。
 こうした北東アジアの世界史的激動の入り口に、日本に生きるわたしたちは、現在立っている。

【解説】中国の大きな変化が、このままソフトランディングして、かつてソ連邦が変質のすえ、「社会主義」を掲げて数十年の長きにわたって全世界の人民を欺いていったようになるか、「共産党一党独裁政権」の崩壊・激動に連なっていくか。いずれにしても、アメリカ帝国の没落と新たなヘゲモニー基軸をめぐって、「大欧州」とともに重要な要素に競り上がっている。こうした激動過程が新たなアメリカ世界帝国に代る世界的基軸国を登場させるというよりは、多極化する世界が現れ出てくるといえる。(ネグり「帝国」)

(三) 新しい波・新しい挑戦

 資本主義は倒さなければ倒れない

 こうして、5世紀にわたる資本主義の世紀=近代は確実にその終末期を迎え、地球上のいたる処で「地獄絵」をくりひろげながらブルジョア的世界秩序は崩れつつある。
 しかしながら、資本主義は倒さなければ倒れない。
 もし、これを倒す主体が現われず、主体としての歴史的解決能力をしめすことができないとすれば、人類文明には資本主義との共滅しかありえない。世界をその総体において創造する主体と、その主体的活動が問われる所以である。
その潜勢力は、立ち現れ始めている。
 89年――91年のソ連邦崩壊と「二十世紀社会主義」崩壊を契機に、ロシア・中国・東欧型の革命パラダイムを追求してきた「伝統的左翼」の体制内社会民主主義・ブルジョア民主主義への純化はいうに及ばず、本来この「伝統的左翼」の批判者でもあった「68年反乱」の「新左翼」も最終的な混迷と解体へと至っている。総体として左翼は、分解と大後退、消滅の過程に入った。
 これに比して、「68世界反乱」はいうに及ばずフランス革命の理念をも新しい水準で継いだともいえる各種の民衆運動は、現代資本主義のグローバルな世界単一の市場化・世界帝国化とにつれて、新たな形式と新たな課題を掲げた世界的な「民衆」運動の潮流となって、その社会運動的基盤を拡げてきている。
 資本主義に対抗し拮抗して闘う民衆的世界は、挫折と敗北、勝利と高揚、そして停滞と再生へのジグザグの過程をとりつつも、現代資本主義が生み出した搾取され隷属を強いられた生産者たちからなる「新しい民衆」的世界革命への闘いの歴史的途上にある。

 グローバリゼイションと貧しき民衆のせめぎ合いの時代に

「九・一一事件」以降「南」「北」を問わず、この民衆世界の闘いの萌芽的生成に、更なる世界的拡がりと質的深化、新たな反転と高揚への兆しが現われている。そして新たな世界史的オルタナティヴをめざす、マルクス的共産主義のルネッサンスの光も見え始めてきている。
「九・一一事件」とアメリカ帝国のアフガン・イラクへの「反テロ・報復」侵略戦争は、その再生への苦闘の中にあった「北」のアメリカ・ヨーロッパ・日本の左翼・社会民主主義勢力に、決定的な分岐と新生への契機をもたらした。

【解説】とりわけ「左翼」の低迷状況を踏みこえて、シアトルから沖縄名護・ジェノバへと連なる数万・数十万の民衆大連合の巨大な反新自由主義と反グローバリズムの運動が、イスラエルに対するパレスチナ民衆のインティファーダ、インド・インドネシア・フィリピン・韓国・香港・台湾・アフリカ諸国・アルゼンチンなど中南米諸国の反米反戦の大衆的全世界的な行動と結びつきを始めている。

 この大規模な大衆的・民衆的反米・反戦闘争の再興の兆しが、アフガン戦争を支えた諸国ブルジョア政権の足元を、下からゆさぶり、その政策の転換、政権内外の分岐を促進しつつある。いずれ、それは米英などこれらブルジョア諸国の「政府危機」「体制危機」となって爆発せざるをえない。
 つまり、世界各地に生れつつある貧困・飢餓・経済的不平等・環境破壊・人権侵害を告発し、公正と正義の世界を求める「機械状」「リゾーム状」の国際的貧しき民衆・「マルチチュード(多衆)」の運動が、「人類の敵」となったアメリカ帝国とその同伴者に向って闘いを挑んでいる。これら闘いはトランスナショナルなものとして国境を越えて、連帯・合流し、反米帝・反戦の国際的「民衆」運動の巨大な反転と高揚への兆しをつくり出している。

 「もう一つの世界」を求めて

 そうした中で、「もう!たくさんだ!」と「密林宣言」を発したチアパスの民衆が、生きるための抵抗としてのインティファーダの闘いの中に人間としての尊厳を失わないパレスチナ民衆が、インドネシアからの独立を闘い取った東チモールの民衆が、大混迷世界に向って光を放っている。
 これらの光に照らされて「北」と「南」の諸国の「左翼」や生産者たちの中から、新しい革命主体の創発ならびに資本主義に代わるオルタナティブ構築への多種多様な挑戦が始まりつつある。

【解説】それは、1996年のメキシコ・サパチスタの「チアパス国際会議」以来の、アフリカの「アフリカ連合(53ヶ国参加)によるアフリカの多様性の承認の下の統一の試み」や「アタック・アソシエーション」による2000年のシアトルを転換点とする「ポルト・アレグレにおける世界社会フォーラム」、ネパールやギリシャにおける「国際コミュニスト会議」、あるいはまた古くはスペインの「モンドラゴン協同組合」や、イギリスの「ルーカス・プラン」の流れをくむ生産者消費者大衆による協同組合運動の発展と地域通貨LETSなどの試み、あるいは失業・福祉・環境などのスウェーデン型・オランダ型モデルなどの試み、参加型社会の実験場となったブラジルのポルト・アレグレの試み等々は、胎動しつつある新生事物のほんの一例にすぎない。

 闘う全世界の生産者大衆・市民・民衆は、各々の固有の歴史、これまでの様々な闘いと挑戦への基盤に立って、500年、1000年の射程で問題を考えはじめた。その志向は、各地の多様性・多文化の共存を認めあうことを含めて、資本と市場の独裁に代わる人間的で連帯的な民主主義と平和な社会をめざして、生産・消費・廃棄・税・通貨・失業・債務帳消し・グローバルな市民権と政治的参加等々の直接的課題を通して「もう一つの働き方、くらし方」、そして「もう一つの世界」へのオルタナティヴを具体的に構想し、実験をすすめている。それら自立的大衆運動と反グローバリゼイションの闘いと結合させ始めている。
 注目すべきは、これらのオルタナティヴ構想と大衆行動のトランスナショナルな発展が、資本のIT革命を逆手にとって「電子的道具(サイトとリスト)」とそれを駆使した「電子ネットワーク」にもよって新しい地平を開きつつある。つまり普通の人々が「地域的・全国的・国際的調整と動員、「双方向的相互的コミュニケーションと参加者が自己決定し行動するスタイル」を、老人から若者まで世代横断的に創り出して、その大衆的創造性を発揮し開花させつつあることである。「リゾーム状の主体」が、世界史への登場の新しい契機と回路を発見し始めたといえる。

 地獄への道か、新たなる革命か

 こうして現代世界は、資本のグローバリゼイションと、世界の貧しき民衆の反グローバリゼイションの〈せめぎあい〉の時代に入いろうとしている。
 これら総体は、全世界の生産者・民衆の現代資本主義の打倒・廃絶をめざす全く新しい自律的で自己統治の追求という観点に立つトータルな社会・政治・文化革命に行きつかざるをえない。
 だからこそ、資本主義の終末に人類を道連れにさせないためにも、アメリカ世界帝国を基軸とする現代資本主義を打倒し、これを廃絶していく人類史を画する新たな共産主義(コミュニズム)の輝きを取りもどし、その可能性を開く、革命と革命主体の再生が緊急である。
 あらゆる怯惰は、ここに滅びなければならない。


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