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わたしたちは、何を継承し、何と決別し、そして乗り越えていくのか |
なぜ、総括からはじめるのか
20世紀の現代史が、わたしたちにのこしている最大の歴史的教訓は、「資本主義」の諸矛盾を克服し、人類を解放するとされてきた「社会主義」が抑圧と支配の大系に変質し、資本主義の諸問題を根本的に解決する歴史的能力を持っていなかったということである。この根本的事実の確認こそ、21世紀の新たな革命とその主体の再生への歴史的前提である。
わたしたちは、自らのこととして、この前提から出発する。
と同時にわたしたちは、現代世界に新たな世界史的主体が、その物質的諸条件とともに、新たな革命の潜勢力として生み出みだされていることを知っている。つまり、搾取され隷属を強いられた男女の生産(再生産)者たちからなる民衆、「機械状」「リゾーム状」の「マルチチュード(多衆)」の世界史的登場であり、「人類の敵」となったアメリカ世界帝国とその同伴者に対する社会的抗争の始まりである。
現代世界は、資本のグローバリゼイションと、世界のこれら貧しき多衆の反グローバリゼイション、反「帝国」の闘いとの〈せめぎあい〉の時代に入った。そこでの帰趨は、これらの潜勢力がいかにして新たな理念とヴィジョンをもった革命主体・政治主体に自ら生成しうるかということにかかっている。
だからこそわたしたちは、主体の危機の根本にある「二十世紀社会主義」の敗北と誤りを再び繰りかえさないためにも、身を刻む自らの総括を避けてとおることができない。
わたしたちはその失敗と頽落の経験から教訓を明らかとし、先人たちはいうまでもなく同時代の人たちが生命をかけたその闘いの歴史を、人類の解放をめざす資本主義にかわる原理・価値としての「コミュニズム」への挑戦と試練の過程として受け継ぎ、世界民衆の「もう一つの世界」への挑戦に寄与し、共に歩みたい。
(一)「二十世紀社会主義」の経験
マルクス的共産主義運動の200年をふりかえって
広いいみでの社会主義運動は、フランス革命の「自由・平等・友愛」の理念を継承し、とりわけその理念の実現を「財産共同体」の実現にもとめるものとして始まっている。
資本と国家との根本的対決・対抗、それにかわるオルタナテイヴという観点から視れば、こうした民衆の運動は、「協同社会(アソシエーション)」の実現をもって人類の解放をめざし、「全世界のプロレタリア、団結せよ!」と呼びかけを発した世界史上初のプロレタリア・共産主義者の『共産党宣言』と「48年革命」を画期とする闘いに継承されている。
しかし、今日のブルジョワ民主主義憲法や人権の諸原理となった「自由・平等・友愛」をかかげた1789年のフランス大革命が、ジャコバン独裁・テルミドール・ナポレオン戦争を通じて「民族国家」にゆきついたように、ヨーロッパ規模の48年革命は挫折に終わり、ヨーロッパをおおう「反動の時代」と上からの近代化の進展に包摂された。
マルクス的共産主義運動は、48年革命の敗北から教訓を引きだし、その後の万国労働者協会(第1インターナショナル)の創設、そしてパリ・コミューンとその敗北、それにともなう第1インターナショナルの解散からドイツ社会民主党中心の第2インターナショナルの創設へと、ブルジョア社会批判と「コミュニズム」の思想を深めつつ進展してきた。
その運動は、帝国主義世界戦争期における社会排外主義と化した社会民主主義との分岐、資本主義との20世紀の世界的攻防をへながら、ロシア10月社会主義革命と世界各地の民族解放革命による第3インターナショナルの革命の流れにゆきついた。さらにその流れはスターリン主義への変質による「社会主義諸国体制」の崩壊、国際共産主義運動の破綻にゆきつき、現在に至っている。
ロシア社会主義革命の挫折
それは、「市民社会の奴隷制」を基本的人権として合理化するような近代ブルジョア社会を批判し、ブルジョア的所有制(労働力の商品化を変革する――商品と貨幣の廃止)、階級支配の廃絶、国家の死滅を内容とする共産主義をめざしたものである。1917年の10月革命によって樹立されたソビエト権力は、政治的過渡としての「プロレタリアートによる階級独裁」をもって、プロレタリアートの社会革命のその展望をひらこうとした「最初の世界史的実験」であった。わたしたちは、その世界史的意義を清算してはならないと考える。
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【解説】8時間労働制、男女の平等(フランス大革命の人権宣言では、女性・労働者は、身分外のものとして、市民としての政治的権利は与えられなかった)、離婚の自由、諸民族の自決の権利などの地平はいうに及ばず、搾取され、抑圧された勤労人民が自ら政治権力を獲得し、生産と社会の主人公として、生産・分配・消費など社会の運営・管理の万般を自己統治することに挑戦し、経験をつんだことは、たとえ挫折したとはいえ、世界の生産者大衆・抑圧民族の解放事業にとって画期をなすことである。 |
しかしながら、ロシア・ソヴィエト革命は、社会革命のかなり早い段階で(過渡期の政治的自治権力である「プロレタリア階級独裁」を樹立し、社会革命に着手しはじめた入り口)で、変質しはじめた。この結果、ロシア10月社会主義革命は、国家資本主義を基礎に、「赤い資本家(党国家ブルジョアジー)」の専制支配である「共産党一党独裁」の国家へと転化した。
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【解説】その変質の始まりは、20年代はじめの「党なきソビエト」を掲げたクロンシュタットの反乱にたいする鎮圧とボリシェビキ党内における「分派の禁止令」にある。またその変質の決定的契機は、スターリンの「上からの革命」(農業の暴力的集団化による村ソヴィエトの共産党による簒奪に象徴される、一連の強権的工業化五カ年計画と労働者の抑圧と隷属化、大ロシア民族排外主義による民族抑圧、ラーゲリ・大粛清・死のテロル・・・・等のいわばロシア革命を絞殺していく「もう一つの反革命」)にあるとみる。こうした変質と実態の法的総括が「社会主義社会建設が完了した」と宣した1936年「スターリン憲法」に他ならない。
「スターリン憲法」は、労農兵の大衆的ソヴィエト権力を簒奪して変質した共産党をもって、「共産党の指導」を憲法に明記し、さらにまた「指導思想はマルクス主義」と明記し、立法化した。このことによって、本来志で結ばれた任意の革命組織である共産党が、労働者・農民・人民の上に君臨し、ソヴィエト権力の上に立つ国家以上の国家となった「共産党一党独裁」の法的制度的根拠となったのである。それは同時にまた、マルクス主義が革命と解放のイデオロギーから、労農人民抑圧の国教に変わる、 |
こうしたロシア革命の「変質と誤り」の合理化・理論化が、その後の第3インターナショナル(コミンテルン)の変質とスターリンによる強制をつうじて、戦後の旧東欧諸国・アジアの「社会主義諸国」、および権力獲得にいたらない全世界の国際共産主義運動と「二十世紀諸革命」の中に、人民抑圧と支配の大系となった「ロシア・パラダイム」の強制として輸出・流布された。それは、社会主義・共産主義の名のもとで、本来の社会の主人公たるプロレタリア階級・民衆になり代わって、共産主義者とその党が革命の大衆的自治権力を簒奪し、民衆を抑圧し、支配し、その民衆の上に君臨する「共産党一党独裁」問題に象徴されている。この「パラダイム」は、ソ連邦崩壊後のいまなお、中華人民民主主義共和国・朝鮮人民民主主義共和国などの中に、人民抑圧の体系となって生き続けている。
その後、ソ連邦は「共産党一党独裁」体制下で、戦争を媒介に、党・国家権力の強大化をテコに、資本主義的帝国構造を持つ超大国の道を進み、91年崩壊した。
資本主義との闘いにおいて、ソ連邦に象徴される「二十世紀革命」は、結果として「十八世紀革命」のように「巨大な中央集権的国家のための革命」に帰結した。
こうして、48年革命以来の200年にわたる資本制社会を廃絶する革命運動・マルクス的共産主義運動は、ひとまず終わったのである。
「二十世紀社会主義」の破綻は、プログラムのなかに
二十世紀のいわゆる「マルクス・レーニン主義」の革命プログラムの中心は、共産党を通じた「プロレタリアート独裁と生産手段の国家的所有」にあったといってよい。破綻はそのプログラムそのもののなかにあった。その典型モデルであり、世界の革命運動の光源でもあったロシア革命について考えてみれば、その誤り・破綻の核心点はつぎの諸点にある。
1、過渡期と社会主義規定について、「スターリン憲法」に「過渡期の完了、階級・階級闘争の消滅、搾取のない社会主義社会の成立」と総括されたような過渡期規定と「一国社会主義論」の誤り。
2、「社会主義」規定の公準とした生産手段の社会的所有の内容を、「国有化」形態とその下での集権的計画経済に一面化し、商品・貨幣の廃絶を、国家とその強制力で廃止しようとしたこと。いわゆる国家中心の「国有化社会主義論」の誤り。
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【解説】所有制についていえば、後期マルクスの未来社会構想では、協同組合的所有から最終的には「社会的個人」所有である。しかし、後期エンゲルス『反デューリング論』以来、国家的所有が「マルクス主義の公的路線」とされ、レーニン以下これを踏襲し、スターリンによって「マルクス・レーニン主義」=国有化社会主義の公式とされた。 |
3、資本主義モデルの追求と生産力主義の誤り。
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【解説】ソ連では、「共産主義への移行の条件」として、スターリンによって「社会主義」の目標を「資本主義に追いつき追いこせ」とし、アメリカ型資本主義の生産・生活スタイルを追い求めた。それは、社会の豊かさ・社会発展の原動力の基準を、生産の物的生産の量的側面とテクノロジーの発展のみにみる生産力至上主義の誤りである。
人間の生産における協働関係や自然との調和、自由時間の豊かさをみない問題。 |
4、「ソヴィエト民主主義」の狭さ。「社会主義的民主主義」を創始することの軽視と失敗。
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【解説】ソヴィエト権力は、プロレタリアートの政治的解放のためには、生産的諸関係の変革と共に、全社会のあらゆる領域からのプロレタリア大衆の自立・自治への発展を育てるすべての勤労者人民に開かれた「社会主義的民主主義」を不可避としていた。しかし、たとえばソ連邦においては、憲法制定会議の強制的解散以降、「ソヴィエト」政府に反対し対立した者を、普通選挙法・出版・結社・集会の自由等の諸権利から排除した。このことに示されるように、ソヴィエト民主主義は、異質なものを排除する狭くて閉鎖的で硬直したものであった。結局、民主主義問題のこの致命的弱点が共産党と国家の癒着を条件に、結果として、人民主権がソヴィエト主権に、さらに党主権に変質し、一党一派の独裁へと結果した。 |
5、共産党と国家のゆ着を認め、「共産党一党独裁」を憲法に法として制度化した誤り。党・国家を階級・階級支配とともに死滅させていく思想とそのための継続・永続革命の放棄と否定。
6、諸民族の自決権の否定と諸民族の融和や共生の否定。(大ロシア民族排外主義)
「国家・党中心の革命プログラム」との決別を
これらの破綻の根底にある核心問題と教訓は、つぎのことである。
マルクス的アソシエーション社会(協同社会)は、国家・政治権力によって上から育成する道ではなく、「国家権力を生産者自身に移す」ことによってしか生成されない。つまり党・国家官僚・理性によって経済過程を上からコントロールする道は、結局国家集権主義へ通じる。そして、諸協同組合の諸アソシエーションに国家・政治権力がとってかわられることでなければ、資本も国家も揚棄されないことをはっきりとさせた。
「共産党一党独裁」に集中的に表現されている「二十世紀社会主義」の破綻と誤りの内省と総括は、「ロシアモデル・ロシアパラダイム」につらぬく「国家・党(国家と一体化した)中心の革命プログラム」との決別が必要であると。
わたしたちは、「20世紀社会主義」の内側にあって、その影響を身体の奥深く受容してきたものの一部として、「国家・党中心の革命プログラム」と決別する。
この決別をもって、問われてくるのは、19世紀・20世紀の先人たちの苦闘を継承し、マルクスの構想した自立した生産者たちの自己統治と諸アソシエーションの構成する社会創造への新しい構想である。
(二) もう一つの革命―「68年世界革命」の経験
「68年世界革命」の挫折と新しい社会運動
200年にわたるマルクス的共産主義運動は、20世紀になって、社会民主主義とボルシェヴィズムに分岐し、レーニン死後にボルシェヴィズムがスターリン主義とトロツキズムに分岐し、ソ連邦崩壊でその一つの歴史的流れを終えた。その最終過程で「1968年世界反乱」が起こっている。この「世界反乱」を、マルクス的共産主義運動の流れにおいて考えれば、48年革命から二番目の「世界革命」の潮の始まりとみることができる。
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【解説】「68年世界革命」とは、60年代後半に、ヴェトナム革命、中国プロレタリア文化大革命の高揚と期を一つにして、先進国におけるヴェトナム反戦と管理社会批判、大学教育制度改革・文化革命を掲げた「パリの5月革命」やアメリカ・日本の各大学における学生反乱が、世界に同時に起きた「世界反乱・革命」の総体をさす。 |
しかし、この世界的な反乱の潮も、ヴェトナム戦争の終息、中国文化大革命の挫折とともに、いずれの国でも無惨に敗北・挫折した。
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(注)日本では、直接的には第二次砂川闘争を前史として、67年秋の10・8羽田闘争を起点に高揚し、72年全国全共闘連合の分裂・連赤事件と革共同両派の「内ゲバ」戦争の本格的開始による衰退までといってよい。 |
「68年革命」は、敗北と挫折に終わったとはいえ、それ以降に台頭してきた「新たな現代思想潮流と文化・意識革命」運動、フェミニズム・エコロジー・エスニシティー、さらには地域住民の自己決定権を主張する運動など、その時代精神を分身として継承する「新しい社会運動」を産み落とした。
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(注)フーコー、デリダ、ドゥルーズ、ガタリ、ネグリ、マルコス等々に見るような「知」の登場はその一環である。 |
新しい社会運動の「異議申立て」とは何か
「68年革命」とそれを契機としたさまざまな新しい社会運動・文化運動を、20世紀の現代世界史のなかでみれば、次のようにいえる。それは、資本主義的文明とその世界システムにおける、形成されつつあったアメリカ帝国〈アメリカニズム〉のヘゲモニーに対する反乱である。と同時にそれは、ロシア型「国家・党中心の変革パラダイム」への反撥・抵抗・批判をはらみ、それに代るオルタナティヴへの挑戦であり、社会運動のパラダイム転換の要求という性格を持つ。
具体的にいえば、現代の福祉国家のもとでの、構造的暴力と抑圧的な強大な国家・官僚制と管理社会・専門家支配へのラジカルな批判であり、多様性の尊重、自律や自己決定の対置、また伝統的な共産主義運動の硬直した革命観の根底にある経済決定論や階級還元論への批判。革命を国家権力奪取にきり縮める傾向への告発と批判。社会・生活世界の下から形成されてくる自治・分権の権力観と「生政治」の提起。つまり、戦後の〈アメリカニズムとスターリニズム〉の擬制的対抗関係を、双方ともに超え出てゆこうとする、新たな対抗価値・文化・権力・自由・民主主義のあり方への模索・挑戦である。
わたしたちのめざす21世紀の革命主体の再生・創出のためには、「68年世界革命」以降の新しい社会運動が、伝統的な「公認のマルクス主義」に対して突き出した問題点を避けて通ることはできない。それを一言でいえば、「公認のマルクス主義」に根強い、その西欧中心・男性中心・自民族中心・人間中心主義の限界への告発といえる。
具体的には、次のような諸点である。
1、エコロジー・エスニシティ・フェミニズムの問題提起。
エコロジー(環境)からは巨大工業生産力による「外なる自然生態系」の破壊と、未来世代を含めて「内なる自然」としての人間の生命活動そのものの破壊への告発である。つまり「類としての死の予感」であり、価値増殖のために環境破壊をもたらす資本制生産システムそのものの転換の問題提起。
エスニシティ(民族)からは、多元的な政治システムと多文化、多様性こそ、人間と自然の両方の秩序の本性であり、また人間の文化の本質的特質性をなすものという問題提起。
フェミニズム(女性)からは、人間そのものの生産を担い、男性賃金労働者の労働力商品としての再生産を無償で担っているにもかかわらず、なぜその性差によって差別され、その性・無償労働が男性に所有・支配されるのか。なぜ女性は「生産・再生産」の主体、革命と社会の自立した主体とみなされないのかという問題提起。
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【解説】とくにフェミニズムの問題提起の根底には「二十世紀の伝統的なマルクス主義」が唯物史観の「生の生産」の二つの内容から一方の「人間そのものの生産・再生産」をその「生産」概念から欠落させた理論上の根本問題意がある。また、「個人的なことは政治的である」とする近代の「公・私」二項対立を否定する新しい政治のあり方、日常性の日常的諸関係の中に形成され、諸個人に内面化されている権力関係、この社会的権力を変革する権力観・文化論にわたる提起でもある。 |
2、「労働・生産」の内容を問う
こうした「異議申立て」は、伝統的マルクス主義のキイ概念である「労働・生産」概念を問いなおし、さらには主体の協同的関係(アソシエーショナルな)・人間と自然のエコロジカルな関係の再検討を不可欠・不可避としている。
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【解説】「労働・生産」という概念の内容を、資本――家父長男性の二重支配下の賃労働対抗関係だけに切り縮めるのではなく、資本制社会的生産関係の総体として考える。例えば、非賃金労働、無報酬労働としての「女性の家庭内私的労働」あるいは老人介護を含む他の非賃金労働として行われる「生命・労働力」の再生産及び生存維持労働なくして賃労働は「生産的」ではありえない。それはまた中心・周辺の「第三世界」における都市と農村関係における賃労働・非賃労働の問題と連なっている。だからこそ賃労働とそれを可能とする非賃労働とに、生産と生命・労働力の再生産との統一的把握が必要である。
と同時に、こうした「労働・生産」概念の内実が、「人間と自然」関係のあり方のうち、人と人との社会関係のあり方へと偏向してきたことを踏まえて、生・生活の再生産が、労働・生産を媒介として、「対自然=対他者」相互連関、相互依存関係の統一的把握として考えることが(「環境・エコロジー」の問題からも)必要である。
人間の人間に対する支配は、人間の自然に対する支配と、表裏一体の問題であり、近代の人間中心主義を克服するマルクス主義の視座を復権させ、深めてゆかねばならない。
もちろん、こうした使用価値を生むにもかかわらず、交換価値を生まないものとして排除されてきた非賃金労働が、本来の使用価値的社会的意味を取りもどすことができるのは、商品・貨幣・資本の廃止による労働力商品としての賃労働制そのものの廃止によってしかできないことも自明である。 |
3、「労働・生産」の再検討は、主体の内容の再検討を必要とする。
再検討の観点からいえば、主体は、資本の直接的生産過程における狭い意味での「賃労働者―工場プロレタリアート」に切り縮めるのでなく、資本の流通過程、さらには資本的生産の総過程を通してはじめて「社会的に」生産し、「社会的に」享受する社会的存在としての階級=主体である。しかも、生産者でもあり消費者・生活者でもあるこの主体は、たんにそれ自体としてあるがままのものにとどまる限り、ブルジョア社会を打倒し、新社会への社会変革の主体とはなりえない。こうした自己の歴史的・社会的存在としての役割に自覚的・意識的・実践的となることによって、主体的階級形成をとげて、資本主義的生産様式を克服する世界史的主体・革命主体となる。
「68年革命」の帰結・新しい社会運動の限界。
「68年革命」は、アメリカ資本主義のヴェトナム侵略反革命とフォード主義的生産様式をゆるがした。そして、反体制の左翼政党レベルでいえばスターリン主義の旧左翼の「前衛党神話」の権威主義的規範と正統性をゆるがした。また「68年革命」を、それまでの「国家・党中心のプログラム」に対するオルタナティヴというレベルで考えれば、「国家をこえる反権力・反管理・自律・自己決定」の時代精神をもってする世界の左翼再生へ、一つの文化革命を意味していた。
しかしながら、この革命は、これらの探求とその実現によって、新しい世界革命への発展を持続的に推進することができなかった。中国・ヴェトナム革命の変質に典型的なように、「68年革命」は、結局総体として「ロシアマルクス主義」の「パラダイム」から自由ではありえず、その「半スターリン主義」的限界をはっきりさせた。
「68年革命」の波は、最終的には89・91年のソ連邦崩壊・「二十世紀社会主義」崩壊の中にひとまず合流し解体した。新しい社会運動もまた、その「異議申立て」にもかかわらず、資本制生産関係とその廃絶や、国家権力との闘い等の認識と追求を欠き、91年ソ連邦崩壊直後、資本のグローバリゼイションの中で、社会民主主義に吸収されるか、一定の壁にぶつかってきた。
91年のソ連邦崩壊・「二十世紀社会主義」崩壊とは、こうした意味において、三重に深刻である。
反グローバリズムの主体的再形成に向って
しかしながら、時代は止まっていたわけではない。
1991年の「二十世紀社会主義」の崩壊、2001年の「9.11事件」を契機に、アメリカ世界帝国の完成とその崩壊の始まりにつれて、新しい形式と提起を掲げた反グローバリゼイションの世界的「マルチチュード(多衆)」の運動が、世界大で登場している。
新しい時代の新しい主体は、「新しい衣」をまとって、すでに立ち現れ始めている。
シアトル・ジェノヴァ、そしてポルトアレグレでの世界社会フォーラムへと、これら世界「民衆」運動は、グローバル資本主義と世界帝国への単なる「反対者」から「もう一つの世界」を創る挑戦にとりかかっている。
この民衆運動の中に、「68年世界反乱」と社会運動はいうに及ばず、200年にわたるマルクス的共産主義運動、その最初の光源となったフランス大革命の理念までもが、新しい水準で継がれようとしている。
日本における革命と革命主体の再生への挑戦もまた、日本固有の歴史と経験を踏まえて、こうした人類史を画する世界の新たな流れの一環にほかならない。
(三) 日本における社会主義・共産主義運動の歴史的再検討。
最も愛すべきもの、最も憎むべきものの識別を
歴史を振り返えるとき、過去の人間の営み・闘いの中に、最も愛すべきものと、最も憎むべきものとを識別することが必要である。そうした意味において、日本の歴史には、土一揆・一向一揆に代表される農民たちの闘いから、維新草莽の志士たちなどの連綿たる民衆の諸闘争、秩父蜂起や労農解放運動などの先駆者と民衆の闘いの愛すべき革命的伝統がある。わたしたちは、この日本民衆の闘いの革命的伝統に誇りをもち、この英知にまなび、これを現代に継承し生かさなければならない。
日本における共産主義運動は、日本共産党が日本民衆の革命的伝統はいうまでもなく、明治の初期社会主義やアナーキニズム、キリスト教などの内容や運動と切断される形で、第三インターナショナル(コミンテルン)の日本支部として創立されたことをもって始まったとされている。この事実からして、すでに最初からボタンの掛け違いがあり、またその創立の経緯からして、ソ連邦・「二十世紀社会主義」の変質と誤りを生れながらに刻印されており、それから自由ではなかったといわねばならない。
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(注)アジア・太平洋戦争の戦前・戦中を通して、唯一国際反戦闘争の旗を掲げながらも、「ソ連邦防衛」を「国際革命運動」の中心的任務にすえたスターリン制覇下のコミンテルン指導下に、天皇制権力・治安維持法との政治攻防に破れ潰滅した。 |
自己批判的総括の欠如
戦後の共産主義運動・日本共産党再建においても、アジア太平洋戦争期のいきた歴史的経験と党活動の「失敗の本質」から学び、その根底にある党創立以来の根本問題に決着をつけ、その自己批判的総括をもって再スタートすることはできなかった。以後、この自己総括の欠如は、戦後日本共産党の決定的な各時期の変質とブルジョア化へ、ついには、「資本主義の枠内での民主的改革」という一種の社会民主主義化をたどりながら、ついに創立80周年を期に「国民政党」へと帰着した一連の流れのなかに貫かれている。
他方で、日本共産党と代わるべく誕生した新左翼諸派も、日本共産党創立以来の活きた闘いの経験の教訓を引き継ぐことができない「欠陥」を有したまま、その極左冒険主義・内ゲバ・暴力テロルの激化に象徴される頽落を示し、破産・解体するにいたった。
これらの新旧左翼の根本・根底には、すでに明らかにしてきたようなスターリン主義の「二十世紀社会主義」の変質と誤りの呪縛と、それへの対抗の蹉跌が貫いている。その意味で、前述の「ロシアモデル」の総括は、日本の明治以来100年の社会主義・共産主義運動の総括の根底にある問題に他ならない。
しかし、問題はそれらがなぜ日本の革命運動に受容され、どのような日本固有のあらわれ方をしたのか。その具体性をもって問われねば、日本における経験の教訓とはならない。
であるからこそ、日本における世界史的革命主体の再生のためには、具体的な「日本の革命運動、社会主義・共産主義運動の伝統の革命的批判」を不可避とする。
日本における社会主義・共産主義運動の再検討点について
わたしたちは、こうした観点にたって、以下のような「再検討の視点」をあげておきたい。
1、コミンテルン日本支部=日本共産党の創立・活動における、明治維新・自由民権運動・秩父困民党・明治社会主義運動・大逆事件・足尾鉱毒事件とその闘い等々の近代日本の歴史的伝統からの乖離・切断・清算。大衆的経験からの疎隔・孤立・乖離による活動経験の教訓の蓄積不能。「日本的劣性」への順応・屈服などの問題。
2、極東勤労者大会を契機とする日本共産党の創立時において、朝鮮共産党・中国共産党創立との同時性。アジアの唯一の帝国主義国=天皇制下の日本におけるプロレタリア人民の地位とアジア、インターナショナリズムの問題。
3、コミンテルン日本支部としての事大主義・宗派主義・独善主義・モスクワ中心主義・スターリン主義の「寵児党」。中国トロツキスト連盟に比して、日本におけるトロツキズムの受容の欠如と遅延。(受容は、60年代安保闘争以降。)
4、在アメリカ・メキシコ・カナダ・ベルリン・モスクワ・シベリア・沿海州・中国・朝鮮における日本人共産主義者の諸活動・諸経験の集約の欠如。
5、とりわけ、朝鮮共産主義・民族解放運動・在日朝鮮人の共産主義・民族主義運動に対する軽視〈排外主義〉。
6、アジア太平洋戦争・昭和マルクス主義(昭和コミュニズム)・日本軍国主義(日本ファシズム)の総体史からの日本共産党の位置づけの必要。とりわけ、「満州事変」から「支那事変」を経ての太平洋戦争・沖縄玉砕戦・ヒロシマ・ナガサキ・無条件降伏にいたる決定的時期における党の不在。在モスクワ代表部(片山潜・野坂参三ら)のスターリン大粛清下の暗闘と潰滅。
7、党中央潰滅・コミンテルン解散以後の中国革命の興隆と共に自主的に起こった日本共産主義者の活動の評価の欠落。(ゾルゲ・尾崎らの活動・満鉄調査部など・・・)
8、宮本リンチ査問事件の主体的総括の未決済―党中央へのスパイ潜入・挑発―大衆からの孤立化―佐野・鍋山の上からの獄中「転向声明」を契機とする大転向時代の現出―スパイとの闘争におけるスターリン主義的方法・党中央と全協との確執・党中央内権力闘争・在モスクワ代表部内のスターリン大粛清下の密告社会下の「四つ巴」の権力闘争。等々の党潰滅への帰結の把握の欠如。
9、女性問題(戦前のハウスキーパー制を見よ)・部落問題・障害者問題の軽視と歪曲と差別的体質。
10、社会ファシズム規定・社会民主主義主要打撃論にもとづく社会民主主義に対する宗派主義的対応の誤り。民主主義、統一戦線の軽視と未熟。
日本の左翼運動の「宿痾」である「内ゲバ」の総括について
最後に、「内ゲバ」に象徴される左翼運動の思想的荒廃・倫理的頽落についてはっきりさせておかねばならない。
なぜなら、千万単位の人類史上初の大衆闘争の高揚の兆しと、世界の民衆が「もうひとつの世界」へ新しい挑戦を始めるなかで、一人停滞の様相を破りきれない日本の左翼運動の根底にはこの問題があるからである。日本の生産者大衆・民衆の闘いの一部であり、その革命的発展を下支えすべき左翼勢力は、「内ゲバ」を契機とした「荒廃と頽落」によって、闘争の発展に寄与するどころか逆に、革命・社会主義・共産主義、人間の解放をめざす運動、そのための党・組織、それを担う人々への民衆の不信・疑問・忌避をもたらし、大衆闘争のなかに分断や権力の介入を許し、大衆的な革命運動の発展を掘り崩してきたからである。
「内ゲバ」は、新左翼に限らず、スターリン主義に根をもつ国際共産主義運動と日本共産党とその革命運動の「負」の伝統の継続、「宿痾」ともいえる「負の遺産」である。それは、現在なお、世界でも日本でも克服・根絶されてはいない。ゆえに、日本の左翼運動、革命主体の道義的・倫理的再生のためには、この問題の根本的切開を欠いては一歩も前にすすめない。
その独特の思想的背景・根拠・日本的独自性について、心ある一部のものたちの間で「検証 内ゲバ」と「内ゲバ廃絶」へのとりくみが始まったばかりである。
それらの作業に学び、総括・克服すべき諸点は、以下である。
1、内ゲバは、左翼内部の運動方針や意見の相違を、物理的暴力、それを背景とした脅迫・拉致テロルなどによって解決する行動で、本来運動の基本原則・モラルとは無縁である。
2、共産主義や革命の各において、人の尊厳を壊し、かけがえのない命を奪い傷つける内ゲバは、歴史と社会を変える主人公が、民衆自身であり、その民衆の自立・自律・自治の原則を否定し、人権と民主主義、他者の存在、生・生命とその多様なあり方を否定・軽視する誤った革命・党観に深い基礎をもつ。
「解説」 直接的・具体的な路線・戦略のあらわれとして、新左翼でいえば革マルの「他党派の解体論」「プロレタリア的人間の論理」、中核派の「革マル反革命・ファシスト論」「二重対峙論」「先制的内戦戦略論」、ブント赤軍派の「前段階武装蜂起」路線の急進主義路線の誤り。党組織論上では、「一国前衛党・唯一前衛党論(民主主義を否定する中央分権制・分派の禁止などの組織原則をもった)への物心崇拝とそれを根とする「党派主義」の体質化。
さらには、権力論における誤りと民衆自治を実現する新たな民主主義と 「構成的権力」―「生権力」との問題。暴力革命論・戦争論・テロリズム論の根本的誤りと厳格な「民衆の自衛(抵抗)武装」の問題。(「検証内ゲバ」氈E参照。)
3、内ゲバに体現された人間を手段とする個人の抹殺・言論の弾圧ではなく、人間を目的とし、他者の存在を認め、その差異や多様性を尊重し、豊かさを関係性それ自身の中に求めていく。この見地から、内ゲバの再燃を克服する諸点として、意見の対立を暴力によって解決しない。レッテル張り・誹謗中傷をやめ、相互批判の自由の新しいあり方の追求などが不可避である。
地球と人類の生存の危機が差し迫っているような人類文明史の転換点に立って、わたしたちは希求する。全左翼がその関わりの如何を問わず、左翼運動の内ゲバの誤りを糺し、新しい時代の新しい闘いのために、「憎悪の壁」を取り除き和解と連帯の道を追求し、豊かな民衆の運動を再生させることを。その大衆運動の実践と協同の中で、わたしたちはその発展のために異論を排除せず、論争を育て、思想を豊かにし、信頼を勝ち取り、高いモラルと人間的魅力をこそ、競い合うべきである。――と。
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