・ 田中・川田選挙戦における新しい社会運動の特質 情報公開要求と情報共有型コミュニティ 津村 洋(『国際主義』編集会議)
・ 革命プログラム討議
o 再び討論の姿勢について いいだもも
o めざすべき社会、それへの過渡期、社会変革の主体について 阿部治正
o アソシエーション社会への道程とプロレタリア革命A 室井健二
o 前号の「プログラム討議」を読んでの感想 菊地里子
o 触れられていないひとつの問題 出資金の確保とその所有形態など 辻部俊介
・ 革命運動の逃亡者・不破哲三による「レーニン批判」に寄せて @ 荒川 亘
・ 生命系の経済学とマルクス主義 〜2〜 兵庫大学短期大学部 池本 廣希
・ 革命文芸 雑考 「社会主義者」二葉亭四迷 2−B 甲斐与志夫
・ 未来川柳/未来冗句 乱鬼龍 <欠落>
10月22日、JR立川駅前で川田悦子さんは「新しい政治の流れが確実に起きていると確信しました」と当選の弁を熱っぽく語り、ホームページを見て訴えに共感して選挙運動に参加したボランティア約二百人の歓声が湧き上がった。ひとつの象徴的なシーンである。古い常識や組織構造が音を立てて崩れつつあり、新しい社会運動が勢いをつけつつあるという意味で、40%という低得票率をはねのけたこの勝利は選挙戦上じつに画期的なものだ。
これに先立つ10月15日の長野県知事選での田中康夫さんの勝利と合わせ、その意味を問い、そこから具体的な教訓を汲み出す意義はとても大きい。もし、現状の根本的な変革を求める左翼的勢力が、この点を重視することも、積極的に取り上げることすらできないなら、すでに終わっているのではないかとすら思う。
人々がいかなる現状の変革を求め、何を新しく生み出そうとしているのか?少なくともこの現実的運動の事実から出発すべきなのだ。
@「大政翼賛的」官僚
政治の敗北
去る10月15日の長野県知事選挙では、著名な田中康夫さん(44)の立候補により投票率六九・五七%の県民の関心を集め、田中さんが、池田典隆さん(58)を十一万票という大差で破って初当選した。長野県では、これまで副知事経験者が知事を継ぐ「県庁支配」が四十年以上も続いてきた。そうした閉塞感を打破したい、「とにかく県政を変えたい」との人々の切実な願い、選挙戦における「変革」「刷新」といったキーワードが現実のものとなり、「県政の革命」「県民による一揆が成功」したのである。
池田さんは、共産党を除く県議会全会派や百二十市町村のほとんどの首長から推薦を受け、「盤石の態勢」で旧来の地縁・血縁型の組織選挙を進めていた。しかし、これを「大政翼賛的」と批判する県民有志の署名運動が始まり、かかる動きに呼応して、一部の県財界・文化人が田中さん擁立に動いた。告示まで一カ月に迫った八月末、ようやく田中さんは立候補を決意した。
出遅れた格好の田中さんは、「組織もお金も時間もない」不利な形勢にあった。また、選挙戦が過熱する中、田中さんの女性との交際を記した著作を「不道徳」と批判したり、支援者を中傷するビラも差出人不明のまま一般住宅にまで郵送されるなど、これまで共産党になされたのと類似した大量の怪文書が流布された。
にもかかわらず、池田さんは手痛い敗北を喫し、田中さんは圧勝した。なぜか?
A過去の県政への不満
に応える対決軸
民主党立候補予定者の小山さんが出馬を断念して田中さん支援に回り、知事選の構図が大きく変わったこともある。しかし、けしてこれは主要な問題ではない。では、なぜ「県庁のドン」といわれるほど行政経験の豊富な池田さんを拒否し、なぜこれほど多くの県民が行政経験のない田中さんに新世紀につながる県政を託したのか。
その第一は、従来の県政への人々の不満が鬱積しており、変革への願いが高まっていたこと、それを引き受け対決軸を鮮明にしうる候補が登場したことである。
県民の不満の中でまず最初ににあげられるべきは、長野冬季五輪強行によって色濃く漂った閉塞感だ。特に「帳簿焼却問題」は、情報隠蔽への県民の不信を深めた。五輪後遺症としての不況、長野市中心部からの大型小売店の撤退など経済的落ち込みも閉塞感に追い打ちをかけた。
「組織、官庁、保守」といったイメージそのものの前副知事の池田さんに対して、作家の田中さんは「個人、民間、リベラル」カラーを強調した。この両者の印象の差異は人々に鮮明に映り、池田さんを選ぶことは、過去と現在の「肯定」につながり、田中さんを選べば「否定」するという構図が形成された。県民は今回の知事選でこれまでの過去にきっぱりと「ノー」を突き付けたのである。
B高まる情報公開の
要求と政策
第二に、田中さんが政策面で、行政を「県民益」を生むサービス機関と位置付け、情報公開や公共事業の見直しを打ち出したことである。オリンピック招致委員会の会計帳簿の焼却問題をめぐっては、当時、県の要職にあった池田さんの責任を追及し、遊説先で「再調査」の必要性を繰り返し訴えた。
田中さんの政策は、1.情報公開を進め、県民が自由に県政に参加する「長野モデル」を確立する 2.災害など緊急時に県民の命を守る行政を目指す 3.年齢に関係なく学ぶ楽しみを育て、豊かな時間を創出する―の大きく三つの柱からなる。
具体的には、震災ボランティアの経験を踏まえた「災害危機管理司令室」の設置、県外からの産業廃棄物の持ち込み禁止、県民の疑問に即座に答える「ホットライン」の開設など十六項目。
また、知事室を一階に移し、県民が自由に面会できるオフィスアワーを設けて、「県民と県政の距離を縮めたい」と強調。県事業は税金の無駄遣いをやめるために再評価を徹底し、懸案となっている浅川ダムや松本糸魚川連絡道路の建設は、「ゼロに戻して議論する」と公約した。
とくに人々の「帳簿焼却問題」への怒り、情報公開要求に積極的に応えようとした政策が説得力をもったといえる。
C勝手連・ボランティア
型選挙の勝利
第三に、後援会組織「しなやかな長野県をはぐくむ会」に収まらない、勝手連やボランティアを中心に、長野県では従来にない選挙戦を展開したことである。
知名度を生かして、週刊誌やワイドショーなどマスメディアに利用し、それに呼応して複数の地元テレビ局も討論番組を企画したこと。地元の青年会議所や障害者グループらが候補者を招いて、告示前に公開討論会などを開催し、各地でミニ集会を開いて、住民との対話を重ねたことも大きいだろう。
しかし、田中さんが「市民運動の延長」と位置づけた今回の選挙運動の最大の特徴は、県内各地で勝手連やボランティアが名乗りを上げ、インターネットを積極的に活用し、従来、都市部の現象と考えられていた「市民参加型選挙」が県内に広がっていったことにある。
そのことによって、田中さんに擁立話を持ち込んで約二カ月半、半信半疑で取り組み始めた草の根運動が、「官」や「業」が主導する前副知事・池田さんの巨大な既成選挙組織を圧倒しえたのである。
@投票率40%で
の常識を覆す勝利
政策秘書給与をめぐり詐欺罪などで起訴された山本譲司被告(民主党を除名)の代議士辞職に伴う衆院東京21区(立川、昭島、日野各市)の補欠選挙は10月22日投開票され、無所属で人権アクティビストの会役員 元東京HIV訴訟原告団副代表の川田悦子さん(51)が、自民党公認の元立川市議加藤積一さん(43)に2100票余りの差をつけて勝利した。
投票率は40.39%で、6月総選挙を21.26ポイント下回り、過去最低となり、従来の常識ではとても無所属候補が勝てるはずもなかった。実際、二十二日夕、川田陣営の選対本部長、国民会議の中村敦夫参院議員は、事務所に向かう途中に投票率が四〇%だと聞いて、負けを覚悟し、「四五%まで上がらないとだめだろうと思っていた。従来、この投票率で無党派層が動くとは考えられなかった。初めての現象だと思う」と述べた。ところが、接戦を制して勝ったのである。
A既存の組織選挙
の瓦解
無所属で立ち、ボランティアの力で政党公認の三候補を破った川田さんの勝利で浮き彫りになったのは、無党派層が動かないとされる低投票率の状況でも力を発揮できない既成政党の無力さだった。すなわち、都市部の有権者に見放されていく自民党、金まみれの汚点で逆風にさらされた民主党、対抗的な存在感を示せない社民党として。
6月の総選挙に続いて加藤さんを擁立した自民党は、公明、保守両党の推薦を取り付けて地盤を固め、こまめに地域を回って支持を訴えたが、従来の保守層・組織票からも離反が続き、この選挙区で3連敗を喫した。
不祥事の逆風を受けた民主党は、山本前代議士が集めていた無党派層の票を川田さんに奪われる形となった。中選挙区時代にこの地域を地盤としていた菅直人幹事長がたびたび公認の米シンクタンク研究員長島昭久さん(38)の応援に入り、自民党同様の腐敗の弁明と地盤回復に努めたが、挽回できなかった。
社民党公認の学校給食調理員工藤てい子さん(51)は、頼みの女性票を川田さんに奪われ、旧社会主義協会系の基盤防衛の利害と辻元清美さんに代表される市民運動派とねじれをまざまざと見せつけた。
各党の候補者が低投票率でも負けたことは、頼みの旧来の組織選挙が瓦解し、組織票自体が変質しつつあることを意味している。特に自民党にとって「都市部での再生」という懸案の課題が脆くも崩れ去った衝撃は大きい。
Bボランタリーな運
動と情報公開要求
以上のように、政党公認3候補と「脱政党」を掲げる川田さんによる選挙戦は「政党対無党派」という様相となり、川田さん陣営に集まったボランティアが、既成政党の組織力を上回る形となった。20日には長野県知事に当選した田中康夫さんを招くなど「市民派」型のボランタリーな運動を徹底することで競り勝った。
長野県知事選に続いて「ボランティア選挙」が政党や業界団体を中心とする旧来の組織選挙を破ったことの画期的な意味をまず受け止めるべきである。こうした選挙の新しいスタイルが、低得票率でもなお無党派層を十分引き付ける原動力となった。
実際、朝日新聞社が実施した出口調査によると、無党派層の六割近くが、当選した川田さんに投票し、加藤さんには約二割しか投票しなかったのである。川田さんに投票した人を支持政党別に見ると、四二%が無党派層で、次いで民主党支持層が二三%、川田さんを「支援」した共産党の支持層が一六%だった。
川田さんは、市民・環境派の無所属議員の結集を目指す中村敦夫参院議員の勧めで立候補し、立候補予定者を取り下げた共産党からの推薦の打診を断り「無党派のボランティアによる選挙」を前面に押し出した。薬害エイズ被害者の母として高い知名度を背景に「市民による政治の刷新」を訴えた。情報隠蔽・誤魔化しによる集団殺人への怒りを基盤として、その訴えの第一は、やはり情報公開である。
(後略)
うけとったばかりの、今度の『未来』の号で、せっかく第一回プログラム協議提出文書の三通や、革命プログラム討議文書5通がのって、いよいよやっと、これから1年間をおたがいに予定しているコム・未来のプログラム討議がはじまろうとしている時に、短い小文の投稿ではありますが「私は、いまの〈コム・未来〉という組織にはあまり期待を持っていません」という主張だか、発言だかに接して、私としては一抹の不安と危惧を禁じえませんでした。なにしろ、これからはじめて共同のプログラム討議がはじまる、というその初発の、まだいくらもその中味に踏み込むにもいたっていない、いまのヨーイドンのスタート点での、投稿発言ですからね。これから一年間の、おたがい他人である会員たち一同で休みなくくりひろげてゆこうとしているマラソン・レースに、投稿会員自身は加わる気があるのか、ないのか? 正直言って、たいへんこころもとなく、あぶなっかしく感じ、もうちょっと語を強めて言わせてもらえば、少々うんざりもさせられました。
9月上旬の全国会議に参加したわたしとしては、そこで提出された「革命プログラムについての試論」(飯島広)「革命プログラム討議項目への意見」(伊藤一、津村洋)「日本革命への考察」(乱鬼龍)「革命プログラム協議への私見(その1)」(生田あい)の四本の基本提起の全文が前号の『未来』にのり、その号の巻頭には当日の全国会議の司会を務めた室井健二の「現代資本主義を革命する21世紀的価値・対抗運動をともに創造しよう!――コム・未来の革命プログラム協議始まる」と題する「協議ワーキング・グループ」座長としての客観的かつきわめて手際よくまとめられた当日協議内容の報告と、『基本提起』をめぐる討論の基本方向についてのまとめが、この11月に第22回党大会を開こうとしている日本共産党の「規約改正」提案にうかがわる「全面的な社会改良主義への転落」との関係もちゃんと目配りされた上で、キチンと掲載されていましたから、わたしとしてはこの共通のスタート線から、いよいよ有理・有利・有節なコム・未来のプログラム協議が本格的にはじまるのだろう、と楽しみにしていたばかりだったのですから。それで今号への小文の投稿者の、はじめからヘナヘナとへたりこんで腰のひけたスタート「姿勢」には、ちょっと、がっかりさせられた次第です。
「誤解の権利」の一方的行使もふくめて、こちらには(ましてや他人である仲間には)どんな突拍子もない思い込みとしか思えない意見の発表もふくめて、それは各会員個人の自由に属することで、俗にいう通り人の口には戸を立てられませんが、せっかく「皆さんは、どのように考えておられるのでしょうか?」と投稿文の終わりにありますから、わたしも「みなさん」の1人として遠慮なく言わしていただくと、1人だけの勝手な妄想めいた思いこみ(あるいはひょっとすると「1人だけの勝手な」でないのかもしれませんが、それならば平に御容赦)にもとづいて、「『コム・未来』の今後について」「あまり期待をもてない」としている具体的な想定の筋道の記載については、わたしとしては、正規な全国会議にみんなあつまった上での「四基本提起」と「室井ワーキング・グループのまとめ」という一年間の討議の基本的志向についての初発的共有化を(大方の皆さんもそうだと思うが)したばかりだったので、正直の話、面くらった。
わたしは、『コム・未来』の今後の死命を制することになると言ってもけっして過言にはならないプログラム討議を初発させる「姿勢」について、前もって多少心配と懸念の"老爺心"があったから、全国会議でも会員がケアしなければならない出発するための「姿勢」整備・整調論を、"空中戦"云々の発言として展開したわけなのですが、該投稿者個人が独り歩きして次から次へと先走って、協議も討議もまだはじまらないうちから、『コム・未来』の未来の「協議会改変」までも見越しているような問題状況認識が"実体"(少なくとも"心理的実体")であるのでしたら、「私の考え」を遠慮なくいわしていただければ、もしも本当にそうならば、そうであっただけ、全国調整委員会と同協議ワーキング・グループのイニシアチブを強化して、そしてまた共同紙『未来』を充実・拡大・強化して、もっとひんぱんに革命プログラム討議の全国会議や合宿やグループ討議を組んで、協議のテンポ・規模・水準ともに調整?展開・深化につとめてゆく必要がある。そうでないと、わたしが9月会議で多少の懸念があったから発言したように、一年間の「空中戦」には耐えられないことになってしまいます。
空中へ飛び出すのも上昇するのもイヤ、ベース作りに汗水たらすのもイヤ、飛行甲板を洗うのも雑巾がけするのもイヤ、整備兵として機体点検にたずさわるのもイヤ、という人ばかりで、プログラム協議・討論のルールや基調や志向性の大筋がどう共同で申し合わせてきまろうとも、めいめいが思い思いに、めいめいの「オタク趣味」だけに偏執して、1人ぎめ、自分勝手に好みの方向に走りだそうというのでは、とうてい、そうでなくても酸欠状況の中での「空中戦」や「マラソン・レース」には耐えられっこない。小宗派の"自閉症"患者がふえるばかりだ。
『この人はなぜ自分の話しばかりするのか』がでたばかりなのに、すでに11刷になったくらいよく売れているようですね。著者のジョーエレン・ディミトリアス女史は、有名なシンプソン裁判はじめ600件をこえる陪審裁判にたずさわってきたアメリカの陪審コンサルタントですが、「人の読み方」を解く彼女にいわせれば、理想的な会話のためには「五感すべてを使うことだ」と。それはそうでしょう。なにしろ会話だって、革命プログラムだって、他人との、他者とのコミュニケーションなのですから。おたがい、「この人はなぜ自分の話しばかりするのか」とうんざりさせるようでは、とうていコミュニケーションはおぼつかない。ましてや、インターネットの垂れ流しにおいておや。それは下手したらある場合には、サギ・マンチャクや誤解やディスコミュニケーションや流言蜚語やカジノ・バブルや仮想現実(バーチャル・リアリティー)が、架空に自己増殖してはびこるばかりだ。
ドイツの女性コミュニケーション・トレーナーであるというバルバラ・ベルクハンの『アタマにくる一言へのとっさの対応術』のおすすめにも、耳を貸す必要がおたがいにあるかもしれませんね。「自分の不完全さ、あるいは不完全な自分とお友達になることの方がずっと重要なのです。そうすれば他人もまた、同じように不完全な存在なのだなということがしみじみとわかってくると思うのです」と。それも早くもベスト・セラーになっているのは、21世紀への転移のこの前夜、第三千年紀への転移のこの前夜、「IT革命」によって物象化社会のグローバルな全体化を加速しているストレス社会、インターネット社会の人間関係に悩んでいる男女がふえているからなのでしょう。
『他人をほめる人、けなす人』という邦訳題名でやはりベスト・セラーになった、イタリアの社会学者の書いた『オプティミズム』があります。アントニオ・グラムシのいう「認識のペシミズム・意志のオプティミズム」のあの「オプティミズム」(楽観主義)です。他人をほめるにしても、他人をけなすにしても、他者とのコミュニケーション(「革命プログラム協議」もふくめて!)を真実のものとして進展させるためには、差異を分節的共有化・共同化へのバネにしてゆくような(ある場合には矛盾をも共有化の共分化=共深化の発展へのバネに化してゆくような)このオプティミズムが、絶対に必要です。"自閉症"症候群やケチな小宗派主義や「オタク趣味」を超えて。
微小なりといえども〈コム・未来〉の革命プログラム討議は、わたしたち自身の主体的再生を懸けた課題です。ことが「党的」次元での主体的協議の課題であるだけになおさらのこと、それは慎重な上にも慎重な多面的配慮のうえで、大胆なうえにも大胆な創発力をもって、この世紀転換期の内外情勢の歴史的大地殻変動に相応・対応しつつ手順よく進められてゆく必要があります。それぞれの氏素姓も異にし、経験においても、部署についても部分性と断片性を免れない者たちが、おたがい集合の集合して、大いなる多様の統一の歩を進めようとするのですから、それも自他ともに主体としては"どん底"ともいうべき失敗・孤立・分断・疲弊の状況のなかから、このまま座していては亡をを待つだけの臨界閾から、その気宇だけは広大な一筆書きへと向けて小心翼翼たる配慮をおたがいに払いながら出発してゆこうとしているのですから、その「空中戦」や「マラソン・レース」の困難性は、さしあたりだけをとってみても分かりきったことです。
共産党や社会民主党や新社会党の党的現状、さらにはそれらを乗り超えてゆくことを60年安保闘争以来、もう四十年にもわたってかかげてきた新左翼諸派の宗派的現状を見れば、一目瞭然ではありませんか。89年の天安門事件、ベルリンの壁崩壊から、本年6月15日の南北朝鮮共同声明にいたる、全世界的な東西の「冷戦体制」の大崩壊のなかでの、「社会主義諸国=共産党独裁国家社会主義」の瓦解・それらの国家執権政党の瓦解を見れば、なおのことそれは20世紀的現代において生じた主体的核心事として明瞭ではありませんか。
あと2ヵ月で終ろうとしている20世紀的現代とは、現代資本主義の発展・興隆・腐朽化のもとでの主体のたどった歴史的推移に即していうならば、先進工業諸国での労働者評議会型共産主義運動も、後進農業植民地・開発途上諸国での農民戦争型民族解放運動も、現代資本主義システムの体制内に同化・包摂され、それらの変革運動を領導した「前衛党」そのものも変容・変質・衰退をよぎなくされた歴史的一時代であった、といえます。この現代史総括から21世紀へ向けての構想力を紡ぎ出すためには、わたしたち自身の主体的・自己批判的総括としてスターリン主義批判を徹底・深化させることによって(旧左翼ばかりでなく「反スターリン主義」をかかげた新左翼諸宗派もまた「半スターリン主義」に骨がらみになった政治体質・組織体質の存在にしかすぎなかったことは、この間のわたしたち自身のなめた経験としても、あきらかなところでしょう)、「IT革命」「G革命」「ナノ革命」のテクノロジー革新に世界的危機からの脱出を賭けて大暴走しはじめている現代資本主義を批判的に分析し、体制変革してゆくリアルな思想力・政治力をもつようになることが、起死回生の大業として絶対に不可欠です。だからこそ、微小なりといえどもその回天の業の推進のためにわたしたちは〈コム・未来〉に結集したのではないですか。ここでわたしたちが相会うことができなければ、おたがい"どん底"の底の底から再出発しようとしているわたしたち自身の未来も、世界も無いのです。
ですから、わたしも〈コム・未来〉の協議会結成に参加して以来、それぞれの小さな切り口からマクロな歴史転換の大潮流に参与し、21世紀への歴史創発の扉を開くことができる、という立場から、及ばずながら、@国労闘争・反失業闘争・管理職ユニオン・地域労組センター・フリーター運動といった新たな労働者運動の創出と、A名護米軍基地移設阻止・沖縄の反基地・自立=反ガイドラインの、「第1期」百万人署名運動・国会前座りこみをもふくめた"第9条改憲阻止・米日安保破棄・朝鮮の平和的自主的統一へといたる非核・非戦・非武装・非(軍事)同盟の反安保・反基地政治闘争の発展、といったわたしたちの共同行動の二つの大きな流れについての提起も、おこなってきました。けだし、このような共同政策と共同行動の自己形成なしには、〈コム・未来〉の協議の前提条件が確保されることもありえない、とわたしには思われたからです。関西管理職ユニオン、或いは「四党合意阻止」連帯,JVP労働災害抗議、沖縄キャラバンは、すでにその線上での共有の獲得物ではありませんか。その具体的成果を離れてプログラム論議もありえない。
また直接のプログラム論議の理論的前提としてもわたしは――現代資本主義分析に当たってのマルクス『資本論』レーニン『帝国主義論』の位置づけ、全世界的規模における「戦争と革命の時代」の20世紀的位置づけ、今日の時代における「帝国主義」規定の失効の問題,USAをヘゲモニー国家とする「管理通貨体制」と「安保同盟政策」による現代資本主義の世界編成(「ドル・核世界体制」)の歴史的ダイナミズム、1991年「大転回」における社会主義諸国体制の世界史的崩壊とアメリカ(日・西独を経済的スポンサーとしての)湾岸戦争・単一世界市場の大不況化の世界史的同時性の問題、多国籍金融独占資本と一極覇権国家アメリカを世界基軸とするグローバリゼイションのネオ・リベラリズム的普遍性強制、それと悪循環的に対応・順応する後進諸国での宗教的原理主義・民族浄化主義の台頭、先進高度消費文明諸国での福祉国家防衛と排外主義のナショナリズム、人間・人間関係の物象化・低質化と自然・人間関係におけるエコロジカル・クライシスの問題、原子力工学につづく遺伝子工学による人間の「内なる自然」である身体=ゲノムの生命操作と生命汚染の問題等々について、わたしなりにあきることなく提起してきました。
そしてさらに直接に、新しい社会主義論、共産主義論の現代的核心の理論問題としても、20世紀の現実的経験として、社会民主主義、ファシズム、アメリカン・デモクラシー、スターリン主義の歴史的経験の介入があったために「過渡的時代」のカテゴリー化と「過渡的綱領」の設定が不可避し、新しい社会主義革命(現代資本主義の国家権力打倒と体制変革)のための接近・移行形態の発見・創発の任務が決定的となったこと、その「陣地戦」的重畳任務はマルクス主義的革命運動とエコロジー・フェミニズム・マイノリティー、多言語・多価値・多文化、農工両全・地域循環系・生態系構築の諸社会運動・市民運動との結合によってしか果たしえないこと、狭義の政治革命による権力獲得以後の政治上の「過渡期」における「プロレタリアート独裁」=ラディカル・ディープ・デモクラシー」による社会主義革命の継続局面が、比較的長期にわたる、しかも全世界的な国家・権力関係の残存ならびに商品・貨幣関係の残存との共在・共存に置いて「新たな形態における階級闘争・社会運動」として主体的に推進されざるをえない以上、共産主義社会論における経済上・文化上の諸段階の推移・推移転換とも結びついて、「過渡期」における一連の政治・経済政策の創発、社会革命・文化革命の深化が、致命的に不可避とならざるをえないこと、だからこそしたがって、「自己免許の前衛党」「唯一前衛党」「一枚岩の党神話」「民主集中制」「分派禁止令」「反党分子の追放・粛清」「人民の敵の抹殺」「思想・文化専制」等々として全面化したスターリン主義の組織思想・組織論に対する根底的批判・転換覇権が急務であることを、わたしなりにあきることなく提起しつづけてきました。
9月全国会議の席上においても、一年間の討議をこれから開始するにあたっての前段の「姿勢」について、「空中戦」云々の注意をわたしなりに提示し、当日、参加者からそれぞれに発言された「政治革命」と「社会革命」の関係性、「生産的労働」と「再生産労働」の関係性、「賃労働」と「労働からの解放」の関係性のもつれについて、わたしなりにその根底に横たわっている関係問題性の開示によって"もつれ"の解決を引き上げるべく、マルクス的共産主義の理論的核心である『資本論』全3巻の弁証法的体系性の総体についての初歩的提起をあえて簡単にせよ試みたのでした。その総体的把握、初歩的・基本的理解なしには、「経済学批判」と「唯物史観」との接点も、「労働価値説」が超歴史的「労働」と特殊歴史的(ブルジョア社会的)「価値」を結合している接点も、「社会的生態系」としての「自然エコロジー」と「物象化社会」との接点も、およそ理解することも把握することもできない、とわたしに思われましたから。おそらくはあまりに簡潔・短時間に過ぎたため(!)、わたしの真意がつたわらなかった向きもあったと聞き、もっと腰を据えて提起すべきであったと逆に反省もしていますが、こうした第一回発足総会以来の全経過、本年9月全国会議以来の最近の経験に即して、わたし自身の不満もまた個人的に溜まってきていることも隠す必要はない、と今号の「〈コム・未来〉には未来がない」という「不信・不満」を読んで、逆にわたし自身も思いをかきたてられました。
西欧マルクス主義的にいっても、フーコー以来の、リオタール以来の、デリダ以来の現代マルクス主義的理論課題は、わたしたちのさらに広い革命プログラム論議にとっても文字通り山積していると思います。アメリカの「独り勝ち」のニュー・エコノミーが、世界資本主義の金融・通貨危機の続発、世界・日本大不況の長期化のなかでどうなるのか、6・15南北朝鮮共同声明以来、アジア・太平洋の世界舞台をめぐる「和漢洋(日本・中国・アメリカ)三国志」の第二幕が、さらに南北朝鮮・ロシアを加えた六本脚となって(三本脚の鼎の軽重が問われるのと違って、多元政治方程式でめまぐるしく不安定化する面を顕わにするは必至)はどうなるのか、企業大国日本の景気低迷と財政破産のマイナス結合は、アメリカ「株価バブル経済」の先行きとのからみで、金融バブル流動からきている原油高とのからみで、またユーロ下落とのからみで、いかが成行くのか、そのなかで名護米軍基地移設と沖縄反基地・自立、「日本経済新生」を呼号する「IT革命立国」の蜃気楼内閣の前途は中川官房長官辞任後の明日にもどうなるのか、国労大会における「四党合意」投降路線を三回にわたって打ち挫いた労働者運動戦線におけるITリストラ合理化・失業者・フリーター・女性労働者・外国人労働者の「生活」「労働」問題はどうなるのか、「老人介護保険料」四月徴集実施後の社会保障・福祉・医療の領域での切り捨て・低下に対する大衆的憤激はどうなるのか等々の、〈コム・未来〉自身の適確・明快な応答が求められている、広い世界、広い世間における切実な展望課題も次々と押し寄せてめじろ押しになってきています。大転形期=転換期の特徴です。
わたし流にいうならば、ポストは赤い。そのポストに投函した郵便物の"誤配"や、「ケイタイ電話」での"コミュニケーション不通・誤解"やらから、新しい革命的創発が出来てくる、といった"ポストごっこ"や"郵便やさんごっこ"や"でんわごっこ"の幼稚なごっこ遊びから、いまや覚めるべき時機だ。ポスト・コロニアル状況やポスト・モダーン状況に便乗して、いつまでもモラトリアムの"パラサイト・シングル"的オタクをつづけられるような、おめでたい時機ではどんどんなくなってゆく。いつまでも子供やガキや寄生虫やボケ老人ではいられないのだ。さあ、"ごっこ遊び"はもうホドホドにして、みんなして生き生きと革命プログラム協議にとりかかり、自力更生をはかろうではないか。明日への種蒔きの支度にとりかかろうではないか。周りの心ある志ある人びとも、わたしたちのそうした挙動、所作、進退を、じっと見守っているのです。ひょっとすると"最後の希望"をかけながら。
(2000年10月30日)
『未来』15号掲載の伊藤論文(8月28日付)は、「1、共産主義について」の項で、共産主義の実現とはすなわち共有制を実現することだとして、その共有制の意味などを説明している。また国有と共有の違いについても論じている。しかしこの議論は、同義反復的論理を抜け出していないのではないかと思われる。共有制は私有の廃絶によって実現される、その私有の廃絶のためには、共有生産手段での労働に生活・生存を依存できる社会的信頼の形成、社会的信頼・実感が必要、要するに真の共有が実現されることが必要だ≠ニいうのは、ある種の循環論証ではないだろうか。
もちろん単なる同義反復、循環論証にとどまるのではなく、この「社会的信頼」を形成するためには生産力の発展、権力的抑圧や社会的格差・差別の克服、分業の克服が必要だとされ、「共有制」実現に向けての社会革命的課題が積極的に提出されている。
しかし、めざすべき社会である共産主義、その根底である「共有制」の中身をきちんと明らかにしないでは、そこに向かうための社会革命の課題や方策も正しく定めることはできない。へたをすると、権力的抑圧や社会的差別・格差の克服、分業の克服といった課題が、道徳的な要請、説教や押しつけと化す可能性もある。必要なことは、社会革命がめざす先にある「共産主義」(以下ではマルクスにならって「アソシエーション」を用いる場合もあり)、そこにおける「所有制」(所有形態、所有主体、取得様式)や分配様式などの基本性格や基本的内容を明確にすることであり、そうしてこそはじめて社会革命の諸課題、諸方策もその内容と方向を定めることが可能になるのである。
この事を論じることは決して観念の遊戯でもユートピア論議でもなく、現実の資本主義の分析や批判、資本主義の理論的把握から自ずと生じてくる議論、可能な議論、必要な議論である。
伊藤論文には、肝心のこの「共有制」の説明がないように私には思われるが、この「共有制」の中身こそが吟味されなければならないのではないか。労働する諸個人が労働諸条件に対してどのように関わるのか、これを明らかにしていくこと、共産主義社会論(アソシエーション論)において問われている重要な論点のひとつは、まさにこの点なのではないのか。
アソシエーション社会の実現、つまり自立した自由な諸個人の連合による全社会的な生産の調整、連合した労働者たち自身による生産・分配をはじめとする社会関係全般の運営と処理が可能となるための条件、それを明らかにするためには、「個人的所有の再建」論が提起した共産主義論(アソシエーション論)おける所有の形態、所有主体、取得様式、分配のあり方の明確化の課題に答えることが不可欠であると思われる。これは言葉をかえれば、マルクスの本来の共産主義論の復権ということでもある。
アソシエーション社会において実現される生産諸条件に対する共同所有とは、伊藤氏も言うように国家所有などでないのはもちろんのこと、社会的所有という場合でもその「社会」は諸個人と対立した個人に疎遠な「社会」ではなく社会と個人との対立が揚棄されている社会、諸個人自身による自覚的で意識的で自由な連合によってもたらされる社会、自立した自由な諸個人の連合による社会、そうした社会による所有であると私自身は理解している。
マルクスはアソシエーション社会における生産諸条件(単に消費手段だけでなく生産手段も含めた)に対する「個々人的所有」について語っているが、この「個々人的所有」とはもちろん私的所有のことではない。私的所有とは、社会に対する剥奪的、争奪的性格を持った所有のことであり、それは具体的には国家所有(ある共同体による他の共同体の征服が出発点)、資本主義以前の小経営的所有(共同体を分解させた個別的所有がさらに発展したもの)、資本主義的な所有(非労働者による他人所有)などを意味している。マルクスが言う「個々人的所有」とは、「連合した社会的諸個人」による所有であり、「国家」や「社会」ではなく「自分たちのたくさんの個人的労働力を自覚的にひとつの社会的労働力として支出する自由な人々の連合」による所有である。そうしたあり方で、労働する諸個人自身がその労働諸条件を自らに属するものに対する態様で関わるような所有≠フことなのである。こうした所有のあり方が実現されることが、「労働の解放」はもちろん第1回のプログラム討議でもずいぶん語られた「労働からの解放」、人間的発展、人間の類的・個性的発展の前提条件なのである。
マルクスが明らかにしたこうした所有論、マルクスの本来の共産主義論(アソシエーション論)の根幹は、ロシアや中国などの革命の経験の総括においてばかりでなく、今日の労働者の直面している社会変革の展望においても、きわめて具体的で実践的な手がかりと見通しを与えてくれるものであると考える。
ワーカーズの飯島氏の「革命プログラムについての試論」(『未来』15号掲載)は、上のようなマルクスのアソシエーション社会論をさらに低い段階と高い段階に分けて考察する必要を指摘し、低い段階を「協同組合型社会」、高い段階を「自由で自立した諸個人の協同社会」としている。またそれに付けられた別紙(『未来』には未掲載)では、それぞれの段階の社会をその所有形態、所有主体、取得様式、取得の性格、持ち分、分割請求権、労働者の仕事、分配のあり方、人間関係、社会の性格などの側面において考察している。こうした飯島氏の試みは、その内容も含めて積極的で有益なもの、実践的展望と結びついたものとして受け止めることができる。こうした議論と突き合わせる形で、私自身のこの問題についての理解の整理と深化をはかっていきたいと考えている。
伊藤論文でも、国家が収奪した生産手段は「私有制」を越えられず、国家資本の性格を脱することはできないと言われている。しかしそれならば、なぜ、過渡期の方策として資本の国有化が必要なのか? 国有化は「技術上の手段」として必要だとされているが、なぜ、何のために「技術上」必要なのか、国有化、国家資本化がどのような経路、どのような論理で労働者の共同所有に移行していくのかは、明らかにされていない。
確かに次のようには語られている。「国有生産手段(=最終段階の国家資本)を利用して、私的資本の自由な運動を抑制し、資本主義国家の復活を阻止し…」。
しかし国家資本による民間資本の抑制(国家資本の拡大による民間資本の廃絶も含意?)をいくら実践したとしても、そのことによっては国家資本自身の論理は変化を被らず、国家資本がそれとは別のもの、労働者の共同所有、共同生産のシステムに変化して行くわけではない。この場合、「量が質に転化する」というわけにはいかないのである。
また次のようにも言われている。
「労働者の福利を進め『社会革命』の条件を促進する」「労働者住民間の極端な格差、敵対的競争促進構造再生産を政策的に緩和させ、労働者住民が、対等で相互信頼的な社会関係を作り出すことを促す」。
しかしこうした方策は生産手段の国家資本化とはまた別の問題、関連する場合もあるが直接には関係のない問題であり、むしろ生産手段の国家資本化は労働者の福利や社会革命の促進、相互信頼関係の促進とは矛盾する側面も持つものである。
私自身は、伊藤氏とは異なり、生産手段の国家による収奪や国有化、ましてや国営化や国家資本化は、過渡期の普遍的、一般的な課題として設定することはできないと考えている。
確かに『共産党宣言』などでは生産手段の国有化、国家資本化が過渡期の方策として主張されているかに見える。そこには「ブルジョア階級から次第に全ての資本を奪い、全ての生産用具を国家の手に、すなわち支配階級として組織されたプロレタリア階級の手に集中」、「国家資本及び排他的独占を持つ国立銀行によって、信用を国家の手に集中する」、「全ての運輸機関を国家の手に集中する」、「国有工場、生産用具の増加、共同計画による土地の耕地化と改良」等々と書かれている。
しかしこうした『共産党宣言』の叙述は、19世紀前半期のヨーロッパ諸国、英・仏など先進資本主義諸国でさえ資本主義が十全に開花・発展しているとは言い難く、それ以外の諸国にあっては封建的、絶対主義的勢力が強く残存し、国民的統一さえ未達成であるという当時のヨーロッパ諸国の歴史的な現状を反映したものである。この事は、『共産党宣言』での国有化の主張が、「生産諸力のできるだけ急速な増大」「生産用具の増加」という課題と結びついて打ち出されていることからもうかがえる。『共産党宣言』などで主張されている国有化は、資本主義から共産主義(社会主義・共産主義)への政治的過渡期において必然的な方策ということではなく、むしろそうした本来の過渡期の前段において、生産力の発展、生産の社会化という資本主義が遂行すべき課題を労働者権力が代行しようとしたものとして考える必要がある。
ロシアや中国等々の革命では実際に国有化、国家資本化が追求されたが、このことは『共産党宣言』のくだんの箇所の普遍性ではなく、むしろその後進国革命論的性格を浮かび上がらせているのである。
過渡期とは、資本主義から共産主義(アソシエーション社会)への革命的転化の時期のことであり、その時期にはそれに照応する政治的な過渡期がある。過渡期とは、私的所有と分業に基づく商品生産が支配する社会、生産手段を所有する資本家が無所有の労働者の剰余労働を搾取する社会から、連合した労働者たちによる直接的な社会的生産が行われる社会、社会の富が商品や貨幣や資本として現れる必要のない社会への革命的移行・転化の時期のことであり、それは政治的な過渡期をともなう。これが、本来の、過渡期の概念である。
ロシアや中国やキューバなどの現実の革命の過程で国有化や国家資本化が追求されたという事は、これらの革命が、アソシエーション社会への過渡期に踏み出す以前にまず資本主義的発展の課題を担わざるを得なかったという事、とりもなおさず資本主義からアソシエーション社会への過渡期の方策を実行するための歴史的な条件が整っていなかったという事、資本主義が不足していたという事であり、国有化、国家資本化が過渡期の方策として必然だったという事を意味するのでは決してない。
重要なことは、本来の過渡期の概念に照らしてこれらの諸国の革命権力やその諸方策を評価することであり、ロシアや中国の革命のブルジョア的性格・ブルジョア革命的側面に適合させて過渡期の概念をつくりかえることではない。過渡期の概念にいっそうの科学的な磨きかける試みがあれば支持するが、その非科学化には同調できない。
例えば、それがどんな革命でも、とにかく「社会主義をめざす」ことをうたった政治革命に成功した時点から共産主義に移行するまでの全時期を過渡期と呼ぶことにしようというのなら、ロシア革命後から今日までのロシア社会は、そこにどんなブルジョア的関係の深化や開花が見られても、ずっと過渡期だということになる。政治革命から資本主義の育成発展の時期を経て、それを前提にやがて首尾良く過渡期の課題に着手する事に成功し、そしてめざすべき共産主義にまで至る、そうした図式を描いたうえで、その全時期を過渡期だと呼ぶことにするというのなら、ロシア革命は挫折した過渡期という話しにもなる。
しかしこうした主張は、過渡期の政治主義的理解、過渡期が過渡期たるゆえんを示す経済的社会的変革という核心部分を無視した議論であり、過渡期の無概念化以外の何ものでもない。マルクスは確かに「政治的過渡期」について語っているが、それをもって「政治」を中心にに理解すればよいなどと考える向きがあるとすれば、大間違いである。さらに言えば、仮に政治主義的に理解したとしても、1020年代後半期以降のロシアなどはとても過渡期の政治体制などと言えるものではなく、スターリン主義体制=過渡期論(堕落した・歪められた・疎外された等々の)は二重に破産している。
では、本来の意味の過渡期、資本主義からアソシエーション社会への過渡期において必然的な方策はどういうものか。
マルクスは『共産党宣言』よりもっと後には、株式会社を資本主義的生産様式そのものの内部での資本主義的生産様式の止揚として、資本の所有が結合生産者たちの直接的な社会的所有に再転化されるための必然的な通過点として評価している(『資本論』)。また協同組合工場や協同組合運動を、資本主義的生産様式の中から成長してきた新たな生産様式の萌芽、資本主義を変革する諸力の一つ評価し、こうした試みが労働者による政治権力の獲得をテコとする全般的な社会変化、社会の全般的変化と結びついて、巨大な、調和ある一体系に転化させられるならば、資本主義に代わる新たな生産様式となりうると述べている(『資本論』、『個々の問題についての暫定評議委員会への指示』1867年、『フランスにおける内乱』1871年)。さらには、『共産党宣言』のように国有化や国家資本化を過渡期の方策とするのではなく、逆に「一切の国有工場の経営をそこで働く労働者に移すこと」(『フランス社会主義労働者党綱領』1880年)を要求として掲げるようになっている。
『共産党宣言』の後のより成熟したマルクスの理論にあっては、生産手段の国家への集中や国家資本化を過渡期の方策とするのではなく、むしろ協同組合や株式会社として現実に生み出されてきている資本主義的生産から社会主義的生産への過渡、移行形態に注目し、それらからその資本主義的限界・外皮を脱ぎ捨てさせること、それが内包している新たな生産原理を開花させること、その途上にある障害物を除去することとして、過渡期の課題が考えられていたことは明らかである。
もちろん『資本論』にしろ『フランスの内乱』にしろもう120年も前の書物であり、今日的な目から見れば資本主義の中から生じてきているアソシエーション社会への萌芽や移行形態は株式会社や協同組合にとどまらないのかもしれない。また株式会社や協同組合自体もマルクスの時代のそれからいっそうの発展を遂げ新たな展開を見せている。今日の時点で我々が過渡期の方策を考える際には、こうしたマルクス以降の社会経済の発展が踏まえられなければならない。
労働者権力の任務は、マルクスの時代以降もさらに発展を遂げてきているそうした株式企業や協同組合などを、真実にあるいはより徹底した形で、連合した労働者の共同組合的所有に移すこと、そうすることによって所有・管理・労働の全般を労働者自身が担えるようにし、さらにそうした協同組合の全国的な連合とこの連合による全国的な生産調整を可能にするための条件を整えること、労働者自身によるこうした試みを労働者自身の政治権力を用いて支援・促進することに置かれるべきであると考える。付け加えれば、そうした過程の支援・促進は、もっぱら政治権力によって行われるわけではなく、今日では非政治的なちからや手段も大きな意義持つだろうことも念頭に置く必要がある。
もちろん、資本主義から共産主義への過渡期において、生産手段の国有化、労働者権力による生産手段の掌握ということがまったくあり得ないというわけではない。しかしその場合でも国家による経営、国家資本化をめざしてそれを行うのではない。そうではなく生産手段の所有を連合した労働者たちの手にすみやかに委譲するために、またそうした労働者の共同所有をより実質あるものとするために、そしてそれを妨げようとする資本家階級のサボタージュや反撃を効果的にうち砕くために、一時的にあるいは名目的、形式的に国家が生産手段を掌握、留保しようとするのである。これら生産手段は資本家のものではない、資本家が奪い返そうとすることも許さない、今では連合した労働者自身の共同所有のものであり、ますますそうなりつつある、そのことを実際的に保障するためにとりあえず国家が一時的、名目的に生産手段を所有する、決して国家自身による経営や国家資本化を目指すのではない、というわけである。
付け加えれば、もしかりに国家自身が経営を担うケースがあったとしても、それは過渡期の課題にとって本質的なものではなく、したがって例外的、部分的なものであって決して一般的、普遍的な方策とはなりえない。
9月のプログラム討議では、労働者がめざすべき社会、アソシエーション社会論との関連で、革命の担い手、主体についての議論も行われた。重要な論点の一つなので意見を述べておきたい(やはり直接には伊藤論文を検討対象するが、内容的には生田氏や菊池氏の文書への批判も兼ねていることをお断りしておきたい)。
伊藤論文は、その「2―A、革命の性格・革命闘争」の項で次のように述べている。
産業資本主義時代には後ろ向きの立場から資本主義に反対する反動的勢力が多数存在したがために、マルクスは旧社会にも資本主義にも利害を持たない産業労働者の特別の性格を区分・強調する必要があった。しかし20世紀には資本主義が前体制を駆逐したことにより、植民地・従属国の前近代的体制下の貧民・弱者も、資本主義の未発達による矛盾ではなく高度に発達した資本主義が強制する矛盾をこうむる存在になった。こうした貧者・弱者は旧体制を求めるかつてのような反資本主義勢力とは違い、プロレタリアと区分する必要はない。したがって今では彼らも含めて貧者・弱者の全体を無産者解放の主体と考えるべきである、云々。
この部分についても大いに異論がある。
まず、マルクスが産業労働者こそが唯一の革命的階級であることを明確にしようとしたのは、旧体制に利害を持つ反資本主義勢力と区別するためという外的な恣意的な要請からではなく、産業労働者階級自身の経済的な歴史的な地位そのものに対する内在的な理解からである。労働者階級が革命的階級であることは、何かの「必要」によって「強調」されたのではなく、近代のプロレタリアの存在自体に内在している本性なのである。
また20世紀に入って前資本主義的体制が駆逐されたという主張、植民地・従属国の人々が資本主義の未発達による矛盾からは解放されたという理解は、事実認識として間違いであるといわざるを得ない。世界史的な意味で資本主義が支配的な体制となったと言われた後にも、多くの途上諸国は前近代的な生社会関係に強く支配されてきた。これら諸国の人民は先進諸国の搾取・収奪によってばかりでなく、それと結びついた自らの社会自体の後進性、奴隷制的、共同体的関係、小商品生産的関係等々によっても苦しめられてきたのである。
さらに資本主義の矛盾を被っている貧者・弱者の全体が無産者解放の主体だという主張も、あまりに人民主義的、窮民革命論的で、誤りであると言わざるを得ない。例えば植民地・半植民地諸国の土地無し農民は確かに資本主義の矛盾も被っていたが、彼らは土地所有農民となることによって自らの解放を成し遂げた。彼らは民族独立や民主主義革命の主体とはなりえるが、社会主義をめざさざるを得ないという必然性はない。また途上国の多くの無産者は、地主―小作関係や共同体的関係から引き剥がされ、しかも新たに職を得ることもできずに、困難な状況に追いやられている。彼らは資本主義の矛盾を被っており、従ってそれへの抗議や反乱の担い手として登場する。しかし彼ら自身の存在条件の中には、社会主義を準備する生産も労働もそこにおける共同の関係もない。無産者解放の主体、社会主義革命の主体は、資本主義的生産に内在的な近代プロレタリアである以外にない。
しかしこの点での議論は紙数の制約もあるので深入りは避け、むしろこの問題とも大いに関連しており、共通の思想傾向が現れていると思われる次の一文への意見を述べてみる。
「そして、社会的規模では、自然的素材から消費に至る物質代謝の全経済過程を成立させるために無産者が行う生産―労働と、それに支払われる対価との差異が剰余価値を生産するので、サービス・介護・家事労働などに至る無産者が生活のために支出しなければならない労働全体が、プロレタリアの労働の本質的構成要素である。それら労働のどの部分に直接賃金が支払われるのかは二次的な問題である」
ここには多くの、決定的で重大な間違いや混乱があるように思われる。商品、価値、労働力商品とその価値、剰余労働、剰余価値、搾取などについての科学的な理論からの逸脱があるように思われる。
第一に、「社会的規模では、自然素材から消費に至る物質代謝の全経済過程を成立させるために無産者が行う生産―労働と、それに支払われる対価との差異が剰余価値を生産する」という部分について。
まず、資本家が労働者に渡す「対価」(賃金)は、労働者が行う「生産―労働」に対する支払いではない。それは、「生産―労働」に対して支払われるのではなく、労働力という商品の価値に対して支払われるのである。労働力商品の価値は、労働力の再生産のために必要な消費手段に含まれる価値によって規定されるのであり、資本家が支払う賃金はそれら消費手段に等しい量の価値である。そもそも「生産―労働」一般は商品ではなく、商品でないものに対しては何人もどんな対価も支払いようがない。剰余価値が、この労働力商品に(労働―生産一般にではなく!)支払われる価値と、労働者が生産過程における労働を通して実際に生み出す価値との差から生じるものであることは言うまでもない。
第二に「サービス・介護・家事労働などに至る無産者が生活のために支出しなければならない労働全体が、プロレタリアの労働の本質的構成要素である。それら労働のどの部分に直接賃金が支払われるのかは二次的な問題である」という部分について。
伊藤氏の言うのとはちがって、近代プロレタリアにとっての「労働の本質的な構成要素」は、労働力を資本家に販売した後に、資本の指揮の下で行われる労働である。この不払い労働、無償労働をともなった賃労働こそが近代プロレタリアの「労働の本質的構成要素」であり、この事を抜きに資本主義下の労働者階級の地位はもちろん、そもそも資本主義というものを科学的に理解することはできない。
資本主義の下で労働者は家事労働などの私的な労働をいくらでも行っているが、それは資本主義にとって本質的なものでも、資本主義の根底を成すものでもない。資本主義の根底は、労働者に支払われる賃金と、労働者が資本の生産過程で実際に行う労働が生み出す価値との差、剰余労働に基づく剰余価値を資本が搾取する点にあるのであり、この点を軸にして資本主義的生産システムは旋回しているのである。資本の指揮下の賃金労働こそがプロレタリアの労働の「本質的構成要素」であることを見ないで、資本主義を理解することは不可能であり、したがってまた賃金労働者とは区別された無産者・弱者がおかれている貧しく抑圧された境遇、それを必然化している資本主義への真の批判も本当はできない。
資本が、家事労働など具体的な生身の労働に対してではなく、労働市場に出てきた労働力に対してのみ賃金を支払っているという事情は、決して資本主義にとっても労働者にとっても「二次的な問題」ではありえない。まず、労働者が行う家事労働などは、先に「生産―労働」一般について言ったように商品ではなく、それに対しては誰も支払いようがない。資本家は、家事労働に対して支払うのがイヤだから、家事労働に支払わなければそれだけ搾取率が上がるから等々の理由で、それへの支払いを無視しているのでは決してない。商品生産社会では、家事労働に対しては、仮に支払いたくても支払いようがない、その根拠がない、仮に家事労働に何らかの支払いが行われるとするならば、それは剰余価値の一部からの恣意的な贈与となる他はないのである。
あるいはまた、家事労働は、それがどんなに労働力の再生産にとって必要な労働であっても、社会の存続に必要な労働であっても、個々の家庭の中にあって私的なサービスとして行われている限りは、社会的な分業の中に編入され産業として成立しその下での労働として行われていない限りは、価値は生まないし剰余価値も生まない。価値に対象化されるのは社会的な分業の一分岐として行われる社会的な労働だけであり、個々の家庭内の私事に押し込められて家族へのサービスとして行われている家事労働が、いくらコメをメシに変化させようが、毛糸をセーターに変化させようが、時には板きれを立派な机に変化させようが、それは価値を生みはしない。したがってその価値を評価しない、家事労働に対して支払いが行われないと言って非難してみても仕方がないのである。コメをメシに変える労働を評価しろ、それを生み出す労働力に対して支払えと言うのなら、炊飯労働もまた家電や自動車を造る労働と同じように社会化され産業化される必要があるのであり、実際に部分的にはもうすでに炊飯労働の社会化は進行しているのである。
資本の下での賃金労働と家事労働とのこの根本的な区別を「二次的」「非本質的」などとあいまいにすることは、資本主義の科学的な把握を不可能にするだけでなく、その意図に反して、家事労働にもっぱら従事することを余儀なくされている人々(多くの場合女性)が被っている困難、彼女たちに加えられている差別の問題を没却してしまうことにもならざるを得ない。
資本は女性が持つ妊娠や出産という固有の機能を理由に女性を男性より効率の悪い劣った搾取材料と見なし、男性の半分に満たない低賃金を強い、多くの女性を家庭内に閉じこめ、押し返し、もっぱら家族への非社会的な私的なサービス、奉仕の労働を行う存在に落とし込めている。資本主義にあっては、女性は劣った搾取材料、夫や家族への私的奉仕員と見なされているのであり、女性がその差別された状態をうち破っていく闘いは、夫や家族への私的奉仕を価値あるもの、資本主義を支えるもの、人間社会を支えるものとして評価せよという要求によっては一歩も前進しはしない。逆に妊娠・出産の機能を理由に低賃金・安上がりの労働力扱いをするのは許さない、妊娠・出産と社会的な労働への参加とを両立させる条件を整えよ、家族への私的奉仕員の地位に押し込めるのはやめよ等々の要求によってこそ、女性差別との闘いは前進し、女性解放のための条件は拡大していくのである。
女性の社会的労働の場への進出は労働者の階級闘争をいっそう広く、深く発展させるのであり、そうした闘いがあって初めて、革命後の社会において、社会的生産だけでなく、個々の家庭内になお残るだろう様々な家事労働、妊娠や出産や子育てに関わる労働や活動も、真に人間的なものとなることができるのである。女性の労働への場へ進出自体はまだ女性の完全な解放ではないが、その解放の重要な条件なのである。
家族への私的サービスを価値あるものと評価せよ等々いう要求は、逆に女性の差別された地位、男性による女性への支配、主たる稼ぎ手たる夫への従属を隠蔽、固定化するものといわざるを得ない。伊藤氏の、家事労働などを含む労働全体がプロレタリアの労働の「本質的構成要素」、どの部分に賃金が支払われるかは「二次的な問題」という主張は、以上見た女性差別温存・固定化につながる家事労働論を利するものとなってはいないだろうか。
社会主義革命、アソシエーション革命の主体は、やはり産業労働者、賃金労働者階級(家族はもちろん失業者群も含めての)でしかありえず、この階級と一体である限りでの、あるいはこの階級とともに闘う限りでの無所有の「貧者・弱者」である他はない。単に「資本主義が強制する矛盾を被っている存在」というだけで資本主義の変革の主体と見なすとすれば、そうした見解は何らかの実践的な誤りに陥る可能性も否定はできない。
(2000年11月22日)
わが国のプロレタリア解放運動が前段の革命過程にあることは先述した。では当面する革命の対象、原動力、任務、性質はどのようなものであろうか。われわれの打倒対象(敵)は誰か、誰が国家権力を握っているのか。革命の原動力(味方・友)は誰か。誰に依拠して革命を遂行するのか。この革命をなしとげるためにはどのような任務を遂行しなければならないのか。そしてこの革命はどのような性質をもつのか。
これら革命をなしとげるうえでの基本的諸問題、言いかえれば革命の戦略的な諸問題について、われわれは明確な認識をもつ必要があろう。革命をやるには的を定めて矢を放つ必要がある。的を間違えたり、そのための準備や任務を怠っては革命を成しとげることはできない。これらの基本的な戦略上の誤りから革命運動が重大な失敗や損害を蒙った例は、この間の内外の経験にあまたある。
日本革命の戦略問題を明確にするうえでのわれわれの客観的な拠り所は、現実の日本社会そのものである。したがって日本資本主義の構造と階級分析は、われわれが革命の基本的諸問題を明確にする上での客観的基礎である。
(1)日本資本主義の諸特徴
@ 独占体の形成と金融寡頭支配
戦後日本資本主義の発展がもたらした顕著な特徴の第一は、独占体の形成と金融寡頭支配の成立である。
先述したように、戦後日本資本主義の発展のなかで生産の集積・集中と資本の集中は巨大な規模に発展し、独占体の形成と金融寡頭支配体制が現出した。
独占体と金融資本がわが国経済の管制高地を占めている。そのもとに多数の中小・零細企業が存在している。金融資本はわが国の主要な地主でもある。
わが国の国家機構は労働者民衆からの税収奪によって国家官僚機構をまかなっているが、また膨大な財政投融資などによって独占体を救済し金融寡頭支配に奉仕している。わが国は国家独占資本主義である。
A 近代の帝国主義の経済的基礎は独占である。わが国の独占体と金融資本はその過剰な資本をアジアをはじめ海外に投資し、他国の労働者人民から搾取・収奪している。わが国は帝国主義国であり、日本民族は抑圧民族である。
第二次大戦後の旧植民地の政治的独立、第三世界の力の増大によって今日の帝国主義列強はかってのような植民地支配による搾取・収奪はできなくなった。主な収奪方法は資本・商品輸出であり、アメリカ主導によるIMF・ガット体制下での収奪である。
先進資本主義諸国間の帝国主義間矛盾は依然として存在しているが、こんにちの主要な側面はアメリカの圧倒的な軍事力を背景にしてかれらが共同して世界的な経済的支配を維持しようとしていることである。不均等発展による列強間の力関係の変化を即帝国主義戦争の現実的可能性とみなす見解は現実的ではない。日本帝国主義は日米安保条約にもとづく日米軍事同盟によってそのアジアにおける権益と影響力を維持しようとしている。しかし、将来、ドルを基軸とする国際通貨体制が崩壊した場合には、列強間の矛盾がさらに激化することは避けられない。
B 帝国主義的な寄生性と腐朽性の深化
戦後の「高度成長」期を経て日本資本主義はその帝国主義的な寄生性と腐朽を深めている。その根本原因は、金融寡頭支配に代表されるこんにちの資本制的生産関係が発展した社会的生産力の重大な障害となっているところにある。
フォーディズムや新ケインズ主義の処方箋は使いふるされてしまった。膨大な財政赤字の解消策は人民への犠牲転嫁しかありえない。生産と消費の矛盾は解決のしようもなく、長期不況の根本的打開策は見出し難い。こうして、大銀行や保険会社、大企業の倒産までが続出し、労働者へは大量の首切り、「合理化」の攻撃がかけられている。
終身雇用、年功序列、企業別組合という「日本的労使関係」はブルジョアジーの労働者支配にとって有効であったが、グローバリゼーション下の激烈な資本間競争下ではもはや放棄されつつある。
自然環境破壊や環境ホルモン、教育、医療、老後問題、女性差別、人種差別、部落差別などあらゆる差別問題、噴出するあらゆる社会問題は人々をして世紀末的世相を思わせているが、これらは資本主義の帝国主義的腐朽の深化をあらわしている。
このような資本主義の根本矛盾に発する諸矛盾の激化は、支配階級と労働者・諸階層民衆との矛盾を激化させ、また支配階級内部の矛盾をも激化させているが、わが国の階級矛盾の発展にとっての最大の難関は労働者民衆の闘争を導きうるプロレタリア政党を欠いているところにある。
日本共産党は社会改良主義党への転換をはやめ、ヨーロッパの社会民主主義政党にならってブルジョアジーの階級支配のための社会的支柱になろうとしている。日本共産党の転落の加速度化は帝国主義的腐朽の階級的反映である。
世界資本主義の長期波動は未だ停滞波動からの転換の要因を見出せず、その中にあって日本資本主義の先行きの矛盾と困難は山積している。このような情況下にあって、日本の労働者民衆はどこに光明の前途を見出すのか。労働者民衆の苦難を代表しその信に耐えうるマルクス主義プロレタリア政党の必要性が要請されるゆえんである。
世界資本主義は20世紀に巨大な生産力の発展をもたらした。それは人類史上未曾有のものである。そしてそれはプロレタリア社会主義世界革命の時代をもたらした。20世紀社会主義は多くの失敗と挫折を経験したが、21世紀の世界資本主義がプロレタリア世界革命の時代となるのは避けられない。日本資本主義もこの時代のすう勢から逃れることはできない。
(2) 革命の対象
当面する日本革命の打倒対象は、金融資本をはじめとするわが国のブルジョア階級である。かれらこそ当面する主要な敵である。
天皇制はブルジョアジーの階級支配のための道具であり、打倒対象である。
こんにちの自民党や民主党は、ブルジョアジーの階級支配の主要な政党である。
わが国の国家権力は誰が握っているのか。それは誰に奉仕しているのか。この問題は、革命の根本問題である。わが国の国家権力はブルジョアジーの階級支配に奉仕するための道具であり、かれらの階級抑圧のための機構である。
国家権力機構は、軍隊・警察などの暴力抑圧機構と官僚機構から成り立っている。ブルジョア民主共和制の統治形態下では、ブルジョア議会もその一構成部分である。しかし、この国家権力機構の背骨をなしているのは、軍隊・警察などの暴力的抑圧機構である。あらゆる反人民的・反動的法律や官僚の権威は最終的にこの暴力的抑圧機構によって支えられている。支配階級への労働者民衆の反抗が高まれば、かれらはこの暴力機構を発動して民衆を抑圧する。
日本共産党がかかげた「二つの敵」(アメリカ帝国主義と日本の独占資本を中心とするブルジョア階級)論の日和見主義的特徴の第一は、日本革命の主要な敵が日本のブルジョアジーであることを明確にせず免罪したことである。
第二には、日本の国家権力を誰が握っているかという問題を不明にし、革命の根本問題である国家権力の問題を避け、当面する革命の対象と任務を不鮮明にし、日和見主義的に歪曲したことである。こうして61年綱領は人々に目つぶしを加えてきた。
こんにち日共指導部は、プロレタリア社会主義革命に反対して修正資本主義を唱え、天皇制も自衛隊をも容認するまでに転落したが、それは61年綱領の本質的特徴を露呈したものである。
(3) 革命の原動力
わが国の社会的生産の主要な部分を担い、またわが国人口の多数を占めているのは労働者階級である。したがって、日本革命の主要な勢力となるのは労働者階級である。労働者の起ち上がりとその組織された力なしには搾取階級の階級支配を覆すことはできない。
わが国の賃金労働者の状態は一様ではない。産業構造の二重構造化をはじめとする複雑化は労働者の状態をも複雑にしている。
大企業・大工場のもとには数百・数千の労働者が組織されている。これら組織労働者の革命における役割はきわめて重要である。しかし、これら労働者の状態はわが国労働者全体のなかでは上層に位置し、また連合に代表される労資協調の労働組合の支配下にある。
この下に中小・零細企業の労働者が存在する。かれらの状態は、大企業労働者に比べて劣悪である。企業別組合の限界性と破産のなかで未組織労働者の比重が増大している。
この下にさらに、臨時工、派遣労働者、パート、外国人労働者などの労働者層が存在する。かれらの状態はいっそう劣悪である。この他にまた、産業予備軍としての失業者が存在する。失業者の増大は労働者階級全体の状態をいっそう悪化させている。
資本主義の発展と帝国主義的腐朽の深化は「第三次産業部門」の拡大とそこでの賃金労働者層を増大させた。
農民層の分解によって農業就業者は戦後著しく減少した。専業農民を兼業農民が上まわり、兼業農民の多くは労働者である。外国からの農産物の輸入により日本の農、林、水産業は破壊され、わが国の食糧自給率は先進国中でも最低である。これは資本主義がもたらした国民経済の奇形化である。わが国農民の前途は労働者階級との同盟以外にはない。
都市小ブルジョアジーは、知識人、学生や自由業者、自営業者など多層にわたり、またその人口も多い。これらの層は資本主義の抑圧・収奪下におかれており、戦後の闘争においても労働者と協同して重要な役割をはたしてきた。これらの層はこんにち様々の「市民運動」にみられる社会運動に参加しており、労働者階級の重要な同盟者である。
これらの事実は、まず第一に、わが国の革命の原動力となる主勢力が労働者階級であり、労働者運動の再生と発展なしには日本革命の達成はありえないこと、第二に、農民と都市小ブルジョアジーが労働者階級の同盟軍となりうること、労働者運動を基軸にして農民、都市小ブルジョアジーを結集する革命的統一戦線を構築していかなければならないことを示している。
(4) 革命の任務
当面する革命の任務は、金融資本をはじめとするブルジョアジーと反動派の階級支配を覆すことであり、そのために支配階級の国家権力を奪取しプロレタリア権力を樹立することである。この権力は労働者階級を主軸とする革命的統一戦線の権力である。このプロレタリア権力の下で金融資本をはじめとするブルジョアジーの資本、土地、生産手段を没収することができる。
ではこの目的を達成するために、いかなる任務が遂行されなければならないか。
重要な任務は二つである。
第一は、革命の主力である労働者運動を発展させ、労働者運動のなかに革命の力を蓄えることである。労働者の組織された力なしには支配階級を打倒することはできない。
わが国の労働組合運動はいま重大な転換点を迎えている。資本主義の危機の深化とグローバリゼーション下の資本の攻撃の前に旧らいの企業別組合と労資協調路線は、労働者の利益を守ることさえできなくなり、労働者の組合離れと不信が増大している。労働組合の組織率は低下の一途である。
この事実は、他方で、産業別をはじめとする真に労働者の利益をまもる労働者自身の階級的組合と階級的運動への要請が強まっていることを示している。新しい労働者運動の再生をめざす仲村氏の提案(〈コム・未来〉前掲)に賛成である。われわれは可能なところから労働者運動の再生と発展をめざし、経験を普及し、点から面へと戦線を拡大していくべきである。われわれはまた反動的な労働組合のなかでも活動し、長期的展望をもって労働者運動の発展をはかるべきである。
労働者運動のなかに思想的・政治的影響力をもちえない党はプロレタリア政党とは言えず、労働者運動に主要な力を注がない党はマルクス主義政党とはみなされえない。われわれはこのことを銘記すべきである。
第二は、支配階級とその国家の抑圧と搾取、資本主義がもたらすあらゆる災厄に憤激するあらゆる階級・階層のあらゆる闘争を断固支援し、その発展のために献身することである。
あらゆる運動はそれぞれ特殊性をもっており、その特殊性は尊重されるべきである。人々の積極性が発揚される民衆自身の主体的運動として発展されるべきであり、一党一派がこれをセクト的に引き廻すことは運動の発展を阻害する。日本共産党は大衆運動を票田とみなし、これをセクト化し、大衆運動の発展と統一戦線を阻害してきたが、これはスターリン主義の反面の教材である。
あらゆる運動と闘争の共通の敵は、つきつめて行けば支配階級とその国家である。ここにあらゆる運動の協同の可能性、革命的統一戦線を構築していける客観的基礎がある。
労働者運動と革命的統一戦線の発展。ここにこそ力が注がれるべきであり、ここにこそ革命の力が蓄えられるべきである。
世界の革命運動の歴史が示しているように、プロレタリア運動にも高揚と退潮の時期がある。退潮期にはそれに応じた戦術と方針がとられるべきである。1990年代は顕著な退潮期であり、現在もそれは続いている。しかし、資本主義がもたらす諸矛盾、とりわけ長期停滞波動は社会の階級矛盾を深刻化させつつあり、今後の階級矛盾と階級闘争の激化は避けられない。われわれはこのような長期展望と認識を持って革命的任務にとりかかるべきである。
(5) 革命の性質
右のような任務を達成する当面の革命の性質は、プロレタリア社会主義革命である。
それは、労働者階級が指導的かつ主力軍としてこの革命を担うからであり、資本家階級の階級支配の転覆による社会主義の実現をその目的と任務にしているからである。
日本共産党がけん伝してきた「民族民主革命」とか「人民民主主義革命」なる性格づけは、右の目的と任務を不明にし、資本主義の廃絶による社会主義の実現という目標をあいまいにする点にその日和見主義的特徴がある。日本共産党は今度の綱領改定によって社会主義の実現という目標をとり下げ、修正資本主義による社会改良の路線を明確にするが、ここに「人民民主主義革命」の欺瞞の本質がある。
(6)革命の前途と転化
当面する前段の革命は、労働者民衆による権力奪取・プロレタリア権力の樹立によって後段の社会革命へと転化する。権力奪取による政治革命の勝利は、前段から後段への社会革命の転化の重要な契機・転換点となる。後段の革命の基本的任務、とりわけ社会主義への過渡期の任務については概要先述した。
われわれの革命プログラムは、まず大まかでも戦略的目標とその前途と転化を明確にする必要があろう。この戦略的目標の達成に向けてどのように接近していくのかという当面の政策・戦術・方針・計画、すなわち過渡的綱領はそれぞれの時期・局面に応じて具体的に考慮されるべきである。革命の過程が曲折した複雑な局面や時期をを経ることは避けられない。われわれはマルクス主義の方法にもとづいて具体的状況を具体的に分析し、状況に応じた政策・戦術・方針にもとづいて労働者民衆の闘争と団結をうながし、革命の力を発展させていくべきである。
プロレタリア政党の組織路線はいかにあるべきかについては、スターリン主義組織路線の主要な特徴である「民主主義的中央集権主義」批判として私見を提出した(『未来』)。以下要点のみ略記したい。
(1) 労働者民主主義を組織原理とする
民主主義的中央集権主義は採るべきでない。民主主義的中央集権主義とは、その本質において中央集権主義であり、そこでは民主主義は形容詞的修飾でしかありえない。それは多く民主と集中の統一と言われてきた(民主集中制)が、そこでは真に民主と集中の統一はありえない。
党内労働者民主主義を党活動と党建設の基本的な思想原理とすべきである。労働者民主主義はそのうちに民主と集中の両側面を包含するものとして理解されるべきである。
従来の内外の経験に照らして、次の諸点が重視されるべきである。
@、党の重要問題についての民主的討議の保障と少数意見の尊重。
革命の路線・政策・戦術は革命成否にかかわる重要問題であり、党の生命線でもある。この問題については、全党の英知が結集されるべきであり、全党員の積極的参加と討議が必要である。異なった意見が出るのは当然であり、それらは党内に公開されることが必要かつ重要である。党内論争は保障されるべきであり、多数・少数に拘わらず平等の権利が保障されるべきである。意見の相違については党内への公開は原則的に保障されるべきである。
党内への公開と党外への公開は区別して考慮すべきである。支配権力との闘争において、秘とくすべき問題や機密に属する問題は組織内で検討し、公開の是非を決めるべきである。
A、任命制や代行制を排し、民主的な選挙制と解任制を徹底する。
この点は先述したので省略。
労働者民主主義に基づいてこそわれわれは、全党員の革命的能動性を積極的に発揚することができ、全党の戦闘的団結を促進することができる。こうしてこそより正しい路線・政策を採ることができ、誤りはよりはやく是正することができる。
(2)党の活動と組織建設の重点を明確にする。
労働者運動のなかで活動し、労働者のなかに党組織を建設していくことを組織建設の重点とすべきである。この課題を明確にし、この課題に取組むことなしにはプロレタリア政党の建設はありえない。
以上。
以下のことは、前々から疑問に思っていたことなのですが今まで質問する機会がありませんでした。
@ 飯島さんの、共産主義低次段階に対応する協同組合型社会は「通過点」ではなく、国家死滅前の社会革命を重要課題とする過渡期としてとらえるべきではないかという伊藤さんの考え方に賛成しています。社会革命は政治革命をもって完遂する(政治権力の獲得が社会革命を現実のものとする)とはいっても、それでも世界の中で各国の革命の進行にはばらつきがありますし、いきなり共産主義社会の低次段階に入るというのは無理があると思います。
私はその飯島さんの考え方について半分賛成で、「完遂」はしないけれど両者が同時進行して、さらにまだ継続されると思います。
A けれど、プロレタリア国家権力あるいは生産手段の国有化を利用して、国家資本主義を廃絶し国家を死滅させると伊藤さんは主張されるのですが、飯島さんは、「国有化」を否定して、労働者自身が所有、経営、生産を担う「協議(による調整)経済」と言っているのではないですか?
B 私は、生田さんの「過渡期」を社会主義ととらえて継続革命であるということに賛成なのです。なぜ、過渡期を、社会主義(共産主義の前段階)と呼んではいけないのですか?
C ただ、「社会主義という固有の経済社会構成体は存在しない」という意味がわからないのです。資本主義経済から共産主義経済へ向けて移行するときの両者が混在した経済は存在しないのですか。
D 「過渡期における権力の死滅へ向っての生産者諸大衆の意識変革の方向は、パリ・コミューンの原則(……)の実現をめざしていくべきである」という点への批判は、伊藤さんの指摘されるとおりだと思う。
E IT(情報通信技術)革命は、労働者階級が政治革命をへて支配階級となった後には、グローバル・ネットワークの組織を生かし国際アソシエーション社会に多大な貢献をするでしょうが、今日のブルジョア階級支配が続く限りは、富の集中と支配の強化にも利用されるという負の面も強調する必要があると思う。
機関紙『未来』15号の特集"革命プログラム"の記事に、わたしがかねがね考えていた新社会における企業の所有形態の性格(所有は私的にか公的にか)と、それを支える出資資本の確保の問題が明確でないことに気づいた。
"革命プログラム"だから、大枠のことが概念的に論じられ、あまり細かいことは省略されていることとは思うが、仮にそれに該当することであってもわたしには根本的とも思われる問題が触れられていないことに疑問を持った。代表的な飯島論文にそれは特徴的である。冒頭の1、「共産主義論について」の(3)を引用してみる。
「協同組合型社会とは具体的に言えば、労働者(直接生産者)自身が所有し、管理・運営し、労働・生産する社会だと考える。こうした協同組合型社会は、個々の会社(事業所)から株主や経営者を追放して労働者自身が会社(事業所)の所有権と経営権を獲得することで生まれる個々の協同組合の社会的な連合として実現する。」とある。またこれより前の(2)では、「私個人としては、その(アソシエーション社会の―筆者注)中心概念は国家所有ではなく直接生産者自身による自己所有、資本による統合(統制)労働ではなく労働者自身による連合(協同)労働の確立、生産と分配の…云々」とつづく。これらは共産主義社会の捉え方・在り方を明快に述べてよく理解できる。
しかしながらわたしが問題とするのは資金にある。生産手段―手っとり早くいえば企業体の「生産者自身による自己所有」といい、「労働者自身が会社の所有権…と経営権を獲得」というが、もともと会社を成立させている資本(出資資金)を抜きにしては会社はいわゆるゴーイングコンサーン(継続企業体)として成り立たないのである。それはどう考えておられるのか明確でない。つまり所有には、資本の問題が介在してくる。「生産者自身の自己所有」といったばあい、いわゆる資本金(出資金)は個別企業の労働者(集団)の所有に移すのであろうか。そうなら会社所有の労働者は、旧資本主義社会時代の出資者(株主といってもその構成は一握りの個人株主以外、圧倒的に大企業の法人株主だが)であり、職場労働者であり、その上一般消費者等々の重層的な性格を持つのであろうか。
視点を変えて言えば、協同組合的社会に変える(革命)には、現政権を野党や何よりもそれを支える労働者を中心とした一般市民階層との協働によって獲得するのであろうとわたしは愚行している。資本の所有は労働者だけなのか。飯島論文における所有概念のなかにはこの視点が欠けていることを指摘してみたが、ご教示いただければ有り難い。
1、旧ソ連社会主義計画経済(企業は国有―私有財産制否定)が破綻し、資本主義市場経済に変貌した経過・実績のなかで(その後、中国でも一部資本主義化され、東欧社会主義国家もぞくぞく市場経済化されている)、協同組合形態の社会での経済が円滑に運営されるのか、生産と消費との関連においてその理論付けと実戦プログラムが見えない。
2、財産の私的所有(私有)は否定とすると、これまでの企業への一般出資株主への対処はどうするのか。
また、これまでの株主を追放して、その出資金は誰の手に。
3、新社会の核になる協同組合への出資はどういう形でなされるのか、これまでの企業出資者に代わる出資者の資金の確保は。
4、協同組合を労働者自身の所有とのことであるが、その経営については、中間的なビジネスプラグマチストが必要なのではないのか。
*ステークホルダー(Stake―holder)かけ金保管人
すべての国民が社会の利害当事者であることが必要。企業の出資者にこの概念を当てはめると…?
*内橋克人『浪費なき成長』 211p参照
10月21日
9月19日付けの新聞赤旗は、不破哲三の著書の「まえがき」を掲載している。
それは、この党が「マルクス・レーニン主義」という呼び方を捨てただけでではなくて、その思想の中身まで捨てたことを示す、興味ある、また検討に値する文書である。そこでは、「レーニンの理論的なD荒れEのきわめて象徴的な表現として」とか「これは『国家と革命』に続く、マルクス・エンゲルスの革命論からの重大な後退」とか「『市場経済=敵』論が」とかの言葉が見える。
これは明らかに「レーニン批判」である。
もとより、レーニンであれ、だれであれ歴史上の人物に対して批判していけないと言うことはない。しかし、批判にも中身と動機がある。
イソップ物語にあるように、自分も牛と同じ「大きな動物」だと見せかけるために、身体を膨らませている内に「パンク」したかえるのような「批判」のやり方もある。不破の「レーニン批判」がそれを思い出させる事を幾つかの点に即して検討しょう。
その検討の前に次のことを確認しておく必要がある。
それは、マルクス・レーニン主義からの逃亡は、一人「日本共産党の不破哲三」にのみ起こったことではなく、その書いた文書に現われただけではなく、その党の組織的な体質になっていること、それだけではなく、日本の左翼諸組識、また多くの指導者が程度と方向の差はあれ、実践と理論のうちで、「日本共産党」と同じ「逃亡」を行っていることを確認しておくと言うことである。あるいは、好意的に、又これからの可能性を含んで「まだ、マルクス・レーニン主義は、日本の左翼に定着していない」というべきかもしれない。
その為に、わたしがここで行う「批判」は単なる字句の揚げ足取りではありえず、思想の内容の批判的な解明にならざるをえない。そしてそれが、若い人々には「マルクス・レーニン主義を学びはじめよう」という決意のきっかけになり、年寄りには、「マルクス・レーニン主義をもう一度根底から学び直そう」という決意のきっかけになれば幸である。
最近、気になっていることであるが、それは「批判」をするに当たって、まったく対立した二つの姿勢があると言うことである。
平穏な時代になれたわれわれの精神が、この二つを区別しないため、「批判」を「悪口」であるかのように言い、われわれの運動の中での路線闘争が人民大衆への責任を負った任務である事を忘れ、原則問題での「なれあい」をうんでいる。
二つの姿勢の一方は、思想においては「マルクス・レーニン主義」からの、実践においては、労働者階級解放の事業からの「逃亡」をごまかすための、「煙幕」の役割を果す「批判」であり、問題を混乱させてごまかすための「批判」である。
フルシチョフによる「スターリン批判」は、個々の事実としてはどれほど当たっていても、その政治的な姿勢の日和見主義によって、果した役割は、「敵前逃亡」以外の何者でもなかったことは今日では明白である。
無批判に迎合するものが、手のひらを返すように、「後足で砂を掛ける」ように「批判」をするという実例に、われわれもまたいくつか出会っている。
不破哲三による「レーニンの誤りの批判」はそのもっとも極端な例である。但し、くれぐれも、彼だけが、特別の例外なのではなく、今、世上に流行している「批判」なるものは、ほとんどすべてその類いであるという事を忘れないようにしょう。
「ソ連におけるいわゆる社会主義の崩壊」「中国の文化大革命の終焉」等の事態を受けて、自分の政治的な課題と運動の形態を、いち早く、「市民運動」のわくのなかに収めてしまった各タクトの指導者の行っている「批判」なるものはその類いである。
今一つの「批判」は、これと正反対なものである。本来、「マルクス・レーニン主義は革命的で批判的」である。
革命という画期を経ながら発展してゆく人類の歴史に於いて、「歴史を逆転しょうとする反動派が如何に悪質・狡猾であるか」「時流に流され、多数に従い現象だけを追いかける俗物がいかに浅薄・姑息であるか」に光を当て、彼等に歴史を任せておくことが社会の土台を支えている大衆にいかに悲惨な結果をもたらすかについて「警鐘」を鳴らす批判である。
レーニンがDマルクスは、その生涯と文筆的生産の大部分、その科学的研究の大部分を、自由、平等、多数者の意志を嘲笑することにささげたEという時のマルクスの批判(嘲笑)こそそれである。
この様な批判が背教の徒にとって恐ろしいものであつたからこそ、不破の筆は「走る」。
階級闘争における「敵前逃亡者」は、いたちが「逃亡」に当たって、「最後ツ屁」をするように、批判をし、臭気を漂わせる。
階級闘争を闘うものは、この臭気を追い払い、歴史に登場する、大衆にとって「目潰し」の役割しかしないこの種の「批判」に事実と論理を以って答える。それは、時にそよ風のようであり、時に、疾風怒濤の嵐のごとくである。
その間の事情は、不破の「まえがき」のなかで『紹介』されているレーニンの上記の言葉で明らかであろう。
ここに書かれている「マルクスの批判精神」こそ、反動派や俗物を震えあがらせ、これと闘う人民を奮い立たせる。それが、そしてそれを肯定的にかたったレーニンの思想を、「レーニンが荒れていた」証拠などという不破は、「批判を恐れる俗物」であることをみずから暴露したものである。
批判に当たってレーニンがいかに深く人間を理解していたか、我慢強く、そして人間について楽観的であったかを示すために、以下の引用をしょう。
一読すれば明らかなようにそこには「荒れていた」などという言葉の入り込む余地はない。
「個々の人間について言えば、地下組織からの逃亡が、疲労と気落ちの結果である場合もあるだろう。こうした人人には同情のほかはない。かれらには援助をあたえなければならない。なぜなら、かれらの気落ちはやがておさまり、俗物根性から、自由主義者から、自由主義的労働者政治から離れて、労働者の地下運動に近づこうとする志向がふたたび現われてくるだろうからである。しかし、疲れ果て、気落ちした人々が、ジャーナリズムの演壇に這いあがり、自分の逃亡を、疲労や弱さやインテリ的なもろさのあらわれではなくて、自分の功績であると宣言し、しかも「無能力な」、あるいは「役立たずの」、あるいは「硬直した」等々の地下組織に罪を転嫁する場合には、こうした逃亡者は嫌悪すべき背教者、変節者となる。こうした逃亡者は労働運動の最悪の助言者となり、それだけにまた危険な敵となるのである。」(ヴェ・ザスーリチはどのように解党主義をほうむるか…・レーニン十巻選集・第五分冊243ページ)
以上述べて来た、相対立する二つの「批判」を区別し、「逃亡者」に引きずられて人生を棒に振らないためにはそれを見分けなければならない。
見分ける方法は簡単である。
その批判者が如何なる階級闘争の実践の中に身を置いているかを見るのである。
客観性という事について…
不破は、ドイツ革命に関して、「ドイツ革命の過大評価からロシアでのソビエト革命の勝利が急速にヨーロッパ規模でのソビエト革命の勝利に転化するという客観性を欠いた展望」と書いている。
この言葉を聞いて次のエンゲルスの言葉を思い出さないものに、「マルクス・レーニン主義はひとかけらも分かっていない」とわたしは断言する。
「もし、かならず勝利する時にだけ闘えば良いというのであれば、歴史を創造するという仕事は何とたやすい事か」
われわれは客観情勢…其の分析を重視する。
しかしそれは、闘うためであって闘いから逃げるためでもなければ、闘いの後からその教訓を引き出す努力もせずに、自分の俗物的な「冷静さ」をひけらかしたりするためでもない。
プチブル・インテリにとってと違って労働者階級にとっては、「客観的情勢」なるものは、眺めて以って品定めする「静物」ではなくて、必死になつて働きかけ、変革すべきダイナミックな対象である。
思想にとつてはこの上もなく幸いな事なのであるが、労働者階級にとっては、そうでなければ、「生活の向上」は愚か「活きてゆく事」も出来ないのである。
今一つ、「ドイツ革命」云々に関して指摘して置くべき事がある。「ドイツ革命」がたどった経緯はこれからゆっくり教訓を引き出すべきである。
その際注意すべき事は、「客観情勢」もさる事ながら、第二インターナショナルの中心であったドイツの党の、とくにカウツキーの裏切りという指導部の「路線」とその土台になった思想という問題の主体的な側面に注意を集中する事である。
ドイツ革命の問題を、「客観情勢」の評価が正しかったかどうかの問題だけにして、より重要な側面である「党の路線の建設」そのための思想闘争の問題から目をそらそうとする底意は見えている。そこに人々の目が行けば、自分たちの路線上の立場が当時の第二インターナショナルの裏切り者どもの姿にあまりにもよく似ている事が明かになってしまうからである。
「客観情勢」のうちに革命の勝利の可能性ががあったにもかかわらず、指導者の裏切りによって、革命のの機会を逃し、そのためにその後の一世紀にも及ぶ歴史に否定的な影響を与えた事に思い及ばずに、「客観情勢が無かった」などと言うことは、「指導の責任」の完全な放棄以外の何者でもない。
実を言うと、不破の著書とその「はしがき」の批判は、この一点だけで充分である。
ただ、折角の機会である。次のテーマで次の参考論文で、レーニン主義の思想を学ぶ事にしょう。
@「レーニンの思想と理論は荒れているか」
参考・《同志プロシヤンの思い出》
A「戦争に反対する闘い」
参考・《ハーグにおけるわが代表団の任務についての覚え書き》
B「レーニンは市場経済を敵視したか」
参考・《二つのユートピアについて》
さて、マルクス主義が環境問題にどう取り組んできたのかという問題をここでは、初期資本主義と農業・農民問題という観点に絞って申し上げたい。
マルクスは、1841年イエナ大学で学位を「デモクリトスとエピクロスの自然哲学の相違」というタイトルで取得し、その後、大学の席が得られないということでライン新聞の主筆主幹になりました。当時のドイツは、封建社会の基礎上に資本主義を誕生させていくという資本の原始的蓄積期にありまして、そこでは土地の私的所有をベースにし、近代的所有関係が形成されていく過程にありました。そのような歴史的背景の中で、後発資本主義特有の小農民問題や農業問題が生じることになったわけです。そこでマルクスは、森林盗伐や土地所有の分割、さらにモーゼル川流域の農民の状態、そして自由貿易と保護関税といった経済問題等にかかわることになりました。
たとえば、土地に依存して生活し、落ち葉や枯れ木を拾って薪に使い、細々と生活を立てていた農民たちは、土地や山林の私有化がすすむにつれて、直接打撃を被ったのです。ドイツでは1840年代にライン州議会で「木材窃盗および土地所有の分割」に関して討議され、マルクスはこの件について「ライン新聞」の紙上で始めて、人民大衆の物質的利害の代弁者としてたちあらわれました。
マルクスは、議員諸公の見識は、枯れ枝を集めることと盗むために木を伐採することをいずれも他人の木を自分のものにするということで同列に扱っているが、両者は本質的に違うと反駁している。「伐採された木は、すでに手が加えられた木材である。所有権との自然的な関係にかわって、人為的な関係が生じている。したがって伐採された木をかすめ取るものは、所有権をかすめ取るものである。これに反して枯れ枝の場合には、何一つとして所有権から切りはなされはしない。すでに所有権から切りはなされてしまったものが、所有権から切りはなされるにすぎない。・・・・諸君が所有しているのはただ樹木だけであって、落ちている小枝はもはやその樹木に属するものではないのだから」(マルエン全集第1巻、p129)と指摘し、樹木から切り離されている枯れ枝等は木材盗伐にあたらないと主張しているのです。
さて、これと類似した事件が後発資本主義国であるわが国でも起っているのです。明治期に岩手県二戸郡小繋村で起った「小繋事件」がそれです。それは、1915年から半世紀もかけて係争事件となり1966年に「入会権は消滅した」との最高裁判決で農民側の敗訴で終結しました。
この事件の発端はこうです。明治維新政府が開国後、土地の私的所有を認め、その土地に地租を課し、国家の財源調達を図ったわけです。そのため、政府は、1872年(M4)に田畑永代売買禁止例を解き、近代的土地所有を認め、1874年(M6)に『地租改正』を挙行し、その準備のために約10年かけて全国的規模で検地がおこなわれたのです。ここに私有制が制度的に確立し、これに続いて1880年(M10)に『山林原野所有区分処分』が施行され、その時、小繋山は共有林や村有林に編入されないで、旧庄屋個人の所有物になってしまったのです。
このような経緯で、小繋山は村人の知らないうちに私有物となり、これまで慣習上、小繋山から枯れ木や枯れ葉を生活手段として伐ってきたことが、盗伐罪として取り締まられることになったのです。ここから事件が起こり、争議に発展していったのです。この争議の中心を担ったのは小堀喜代七という豪農の養子でありました。養父から漢学を教えられた彼は、村人に「入会権」なるものをつぎのように伝授しています。「山は初めからあったではないか。村のものはその山に入って、山の物をとったり、木を伐ったり、煮たり、焼いたりして暮らしてきた。それが当たり前の暮らしである。そしてこの当り前の暮らしがあるかぎり、山に入る権利はだれが何といってもなくなるわけはない。・・・そこに鉄道ができ、材木に値段がついたので、急に法律をふりまわしてだれのものだ、かれのものだというずるい奴がでてきたが、昔から持っていた村の人たちの山を使う権利は、入会権といって消すことができない権利になっている」(戒能通孝、『小繋事件』岩波新書p86−87)と。農民運動家である小堀は、官憲に追われる身となったけれども、村人に守られながら集会に出て、争議に加わっていったわけです。
このような事件は、多分明治・大正期に少なからずとも全国のどこかで紛糾していたと思われます。資本の創成期といいますか、資本主義の初期段階で、しかもドイツや日本のような後発資本主義国が直面する小農民問題、農業問題であり、それは封建社会の基礎上に資本主義が急速に侵入してくるときに生じる問題だといえましょう。
その問題の要である土地は、歴史的に人間に先行してあることは明白な事実です。その土地を私的に所有するところから人間による自然の支配が横行し、「自然と人間」の関係に歪みが生じていきます。他方で、所有制度の最高形態ともいえる資本家的生産様式では人間による人間の支配も高度化し、あわせて、資本による自然の搾取、人間の搾取が徹底し、初期資本主義は、今日の環境破壊の歴史的足固めとなったといえるのではないでしょうか。
ところで、マルクスが最初に手がけたこれらの農業・農民問題は、後に、『共産党宣言』や『ドイツイデオロギー』や『資本論』にみられる階級闘争史観、ならびに唯物史観に結実していきます。ただここで見落としてはいけないことがあります。それは、マルクス主義の形成過程と時を同じく進行した、1860年代に始まる「産業革命」であります。その「産業革命」は、機械制大工業の到来とともに生産力を飛躍的に高めたという功績よりも、「資本主義を確立した」という功績に注目しなければいけないと思います。どういうことかと申しますと、それは機械の導入により、資本家的生産様式がその社会の体勢を占めると同時に、機械を梃子として資本による自然と人間の搾取が強化・徹底され、今日の環境破壊の条件が準備されたということなのです。
何故なら、資本主義は『搾取』の上に成り立つ経済システムであるからです。『搾取』はドイツ語でAusbeutugといいます。Ausは状態の終了、徹底的にという接頭語でして、beutungは奪う、略奪するという意味があるのです。つまり、『搾取』とは、徹底的に奪い尽くすという意味になります。このことから、機械制大工業を基礎とした資本主義は、労働者自ら生産した機械で労働者を酷使するシステムを装備している。それは、労働者の過去の労働である機械で現在の労働の提供者である労働者を酷使するということになるわけです。資本が人間を徹底的に食い尽くすとはこのことでしょう。また同様の観点で、自然の素材で生み出された機械がその同じ自然を徹底的に食い荒らしていくのです。
かくして、資本は、価値の源泉である自然と人間を徹底的に食い尽くし、つまり「自然の搾取」と「人間の搾取」を徹底し、資本家社会の栄華を築きあげたといえるでしょう。またそれは同時に、徹底した地球環境破壊や人間疎外をもたらす出発点になったといえるのです。 (続く)
この時の苦悩がよほど強く二葉亭の印象に残っているのか『予が半生の懺悔』の後半部分はすべてこのことへの言及になっている。その言い出し部をあげる。《即ちこんな苦痛の中に住んでて,人生はどうなるだろう、人生の目的は何だろう。なぞといふ問題に、思想上から自然に走ってゆく。実に苦しい。従ってゆっくりと其問題を研究する余裕がなく、ただ断腸の思ばかりしてゐた。腹に拠る所がない、ただ苦痛を免れん為の人生問題研究であるのだ。だから隙があって道楽に人生を研究するでなくて、苦悶しながら遣ってゐたんだ。私が盛んに哲学書を猟つたのも比時で、基督教を覗き、仏教を調べ、神学までも手を出したのも、また比時だ》
このような思索と行動の彷徨の結果を二葉亭本人は、《結果はどうだったか、これが頗る悲惨なもので、極端な厭世観に陥って仕舞った》と書く。中村光夫も《両方とも実を結ばず失敗に終わった》と見ている。にかかわらず、二葉亭の大真面目で愚直とも言える人生問題への取り組みに、彼の非凡さがあるのかも知れない。
でその失敗のあと二葉亭はどうなるか、『余の思想史』がそれを語る。《官報局の翻訳係になった。それから陸軍大学の語学教師ちなり、海軍省で編輯書記となり、最後に外国語学校に露語の教師となった。先に述べた人生問題の研究はこの間にやったので、とうとう終末には四海同胞といふ問題で、非常に苦んだあげく国際問題に大いに興味を持って、三十五年からウラジオから満州に入り、更に蒙古に入らふとして、しばし警務学堂に職を奉じていた事がある。当時は日露戦争の直ぐ前こと、所謂風雲頗る急なる秋だ》と。
二葉亭は文芸思想の面では「懐疑派」的な傾向になり、政治の面では「四海同胞」主義者になり、行動の面では「当面主義者」になる。この三つが心的には絡み合う。その心的絡みの吐露が、明治四十一年の『酒餘茶間』の「当面主義」であろう。
《「当面主義」積極的にいへば主義だが、一方から言へばこれは僕の避難所なのさ。人生問題、極致問題、これには長い間散々苦しめられてゐた。瞑想的(メヂテーヴ)、反省的(レフレクチーフ)に、随分考へてゐたものだ。が、幾ら苦しんだってなかなか決着するものぢゃない。もう苦しくて堪らないから、そんな處へ頭脳を向けまいとする。メヂテーションやレフレクションから遁れ出ようとする。が動もすれば其の果てなき迷路へ頭脳が導かれて了ふ。そこで其の方へ引張られないやうに,何でも当面の事に没頭して了はうと努めた。避難所を其處に求めたのさ。處がどうも大抵の事には没頭出来ない。頭脳の幾分が直に例の問題の方へ行って了ふ。メヂテチーヴ,レフレクチーヴになる。苦しくて堪らないから、いよいよ没頭すべき当面問題を求めようと足掻く。家庭問題? それぢやまだ頭脳に遊びがあっていけない。政治? くだらない奴ばかりで厭だ。文芸? それも詰まらない。人類問題? そこまでは私などの頭脳は未だいかないので、遂に国際問題? といふことになった。これがいい、これならば没頭出来さうだ。眼の色を変へて騒いでゐられさうだ。で、対露問題、あれに熱中してゐたなども、一面自分の避難所としてなのさ》
二葉亭が没頭した国際問題、対露問題は心的には単なる避難所であって、「男子一生の事業」なんて代物でもなく少年時代の帝国主義的政治思想に基づく活動でもなかった。では、かっての自称「社会主義者」二葉亭四迷はどこにゆき着くか。
二葉亭は『余の思想史』で振り返って、自己の「社会主義」について《帝国主義の反対のに、社会主義に化触た》とか《社会主義の熱が薄らいで来て》とか《内心大いに社会主義に満足の出来なかった》とか軽々しく述べている。がしかし二葉亭の「社会主義」はそのような一時のかぶれでものぼせでもなく過去のものでもない。二葉亭は『予が半生の懺悔』や『余の思想史』の談話筆記をした同時期の明治四十一年五月に『暗中模索の片影』を「女学世界」に載せている。そこに二葉亭の「社会主義」の軌跡の後が出ている。
この『暗中模索の片影』は、森田草平と平塚明子(雷鳥)の恋愛事件への二葉亭の感想であるが、この事件に二葉亭は前段で《当人対たちも意識してゐない、意識以下の複雑な心理事情、それが分からない内はこの事件の真相は分からない》と断わりつつも中段で《然し何れにせよこの事件に就いて、そぞろに時代精神の面影を見ると思ふ。何ぞや、即ち個人主義、個人思想である》と、時代精神の片影を二葉亭はそこに見る。
二葉亭はこの個人主義について《いったいこの個人主義といふものは、社会が大いなる圧力を以て個人を支配し、駆使し、桎梏して、殆ど個人を道具扱ひにし、個人を塵芥のやうに取扱ふ。という傾向に反発して起るもので、つまり個人というものの存在を大いに主張するのであって》と述べる。そして続ける《そこにも大いに道理があるが、さうかと言って、それを飽くまでも貫けば人類の共同生活は出来なくなる。個人主義を極端に発揮すれば、どうしても社会は解体して了ふ。その社会がまだ解体せぬ以上、個人主義を飽くまで貫かうとすれば、却って自分が亡びて了ふより外は仕方がない。即ち個人の存在を主張して却って存在を破壊して了ふのだ》と。 (続く)