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「未来」読者の皆様に。
この問題で、「人民の力」誌に掲載された「協同・未来への批判」をお読みになった人々より、心配やらいろいろのアドバイスを戴きました。まず、こうしたことで皆様にご心配をかけていることを、お詫びいたします。
春闘をはじめ情勢の重要な局面で、本来ならば、この種問題の不毛なやり取りに時間と力を割くことも、この紙面を割く余裕もありません。しかし、「協同・未来」を名指しでの批判を公表された以上、私どもの見解を明らかにする責任があります。ここに、わたしたちの「返答」を公表します。
人民の力中央常任委員会様。
前略
日々ご健闘のことと思います。
さて、「協同・未来」全国調整委員会宛に、2008年2月8日付けの人民の力中央常任委員会から「『未来』85号(2008年1月10日)に関して、『未来』派の非道理をあらためて批判する」と銘打った書簡を、未来事務所にて2月15日に落手いたしました。そして、2月20日より月末にかけて、貴組織個人名での書簡が、協同・未来の顧問、全国調整委員など5名の自宅に、それぞれ10数通(3月9日現在)、寄せられております。
驚くべきことに、全国調整委への書簡を落手したときには、すでに貴組織の機関紙「人民の力」870号(2月15日号)には、その文書は言うに及ばず、人民の力代表常岡雅雄氏の「隣は何をするひとぞ」と冠した5ペイジもの長文の未来批判が、掲載・公表されておりました。
(以下「協同・未来」の組織名につき鍵括弧をとり、未来と略します)
1わたくしどもへの批判の骨子
それらの書簡の内容は、全文の長短には差があるにせよ内容はまったく同一です。
その批判の内容とは――
(1)「未来」新年号(1月10日)の各界からの「新年のご挨拶」中に、人民の力から脱落し「人民の力共同代表」と「偽称」する「亀高照夫」の一文を、「未来」が「偽称のまま」掲載していることへの批判である。
(2)いわく―亀高照夫君は、@「人民の力」のメンバーでも「共同代表」でもなく
A「人民の力」から「道を踏みはずした」人
B「人民の力」常岡代表と「人民の力」全体に対して「許されがたい非行」をくり返した人
C岡山代表であったが「反常岡、反中央」へ岡山を組織し
D北海道の瀬尾君と2005年6月に「人民の力改革全国協議会」と称する空中楼閣を「結成」し、『大道』を創刊
Eこの1年後、「人民の力改革全国協議会」から「発展的に人民の力に変更」し、「人民の力共同代表」を偽称するに至った。かくして、亀高君は「人民の力共同代表」を名乗るのは、偽称であり、詐欺師である。(君という呼び方は常岡氏使用のもので、ここではそのままにしている)
(3)「未来」は3年前の亀高君らの「人力改革全国協議会」の結成を支持しており、今回の「人民の力共同代表」偽称も意図的に掲載したもの、よって
@一個の『自立した主体』として「人民の力」の「存在を否定」する姿勢をしめした。
Aしたがって未来の反「人民の力」的行為を、社会主義運動上の倫理性の問題として許さない。
(4) 未来の犯した非行に対する批判を直接に面して伝えるため「常岡代表との場」の設定を求める。―――というものである。
2わたしたちの見解
わたくしどもへのご批判について、以下のようにお答えいたします。
(一) わたしたちの支持の理由について
中央常任委員会からの未来への批判文書は、2005年7月25日付けの「未来」62号に、わたしたちが掲載した「人民の力改革全国協議会」への支持表明についての批判から始まっています。それ故、わたしたちの支持の内容とは何だったのか。
改めて、その点を、はっきりとさせておきます。
わたしたちが、05年6月、亀高氏らの人民の力改革全国協議会が新出発にあたって、機関紙「大道」創刊号に公表された「結成宣言」を読みそれを支持したのは、次の二つの事由に依るものです。
@一つは、国鉄闘争の方針転換への支持です。
当時の2005年9月15日、国鉄闘争団(の一部、といっても多数である)の対鉄建公団訴訟の判決は、不十分であるといっても、不当人事の存在したこと及び補償金を認めたこと(ただし全員についてではない。)等、画期的なものであると考えます。すなわち、闘争することによって少しでも前進できるのです。闘わずしての「統一と団結」「政治解決」は不可能です。しかし、常岡氏の国鉄労組政策は、国労中央執行委員会への統一と団結を強調するだけで、この国鉄闘争団の対鉄建公団訴訟闘争を無視していました。亀高氏と岡山国労を中心とする人民の力改革全国協議会が、これまでの常岡中央方針を自己批判とともに転換させ、国鉄闘争団とともに対鉄建公団訴訟を闘う方針を、9・15判決以前に採択したことは、国鉄闘争を前進させる上で評価できることでした。
A 二つは、人力改革全国協議会が新出発にあたって、人民の力の内部問題の根底に「民主主義的中央集権制の組織原理がある」として、その総括・反省に行き着き、「民主的自治制」の思想と組織原理へ転換をしたことに対する共鳴・支持です。
集団の排除、粛清は、指導者個人の(性格の)問題でもありますが、それだけでなく民主集中制という組織原則のもたらす現実の結果と考えるからです。スターリンによって数百万、数千万人を殺戮・投獄・追放したソ連共産党に象徴されたように、共産党の民主集中制という組織原理が鉄の規律、一枚岩の団結の名の下に異論を排し、イエスマンばかりを集め、次第に独裁と個人崇拝が絶頂に達し、組織の動脈硬化を起こし、社会主義の変質に結果し、最後には組織自体が崩壊してしまった歴史的経験を社会主義運動は有しています。この総括から、民主集中制を改め、党員主権、諸(下位)組織の自己決定と自治へ転換させ、上意下達の中央への隷従ではなく、参加したものが生き生きとその自発と自己解放性を発展させ、協同していく組織の構築でなければ、新たな協同社会をめざす21世紀社会主義のための解放組織も左翼の危機的現状の打破もできない、とわたしたちは考えるからです。この意味で、亀高さんらがこの反省と自らの自己改革に立って、新組織の結成をもって新たな出発点に起たれたと受け止め、その政治内容に賛同したものです。
もし、この二つの理由による人力改革全国協議会への共鳴がけしからんというのであれば、国鉄闘争方針と民主中央集権制からの転換へのわたしたちの支持のどこが間違っているのか、具体的に展開されてしかるべきではないでしょうか。わたしたちは、そのように考えます。
(二) 政治組織の分裂に対する組織的態度、倫理性、道義的責任について
次に、わたしたちの判断と組織的態度について、わたしたちの見解を表明します。
まず、わたしたちは、他の政治組織の内部問題には、決して介入も、関与もしません。これが、わたしたちの原則的立場です。
しかし、時に、他の政治組織内で異論を持つ少数派の人々が不当に排斥されて自らの政治的立場を公的に表明された場合、また、形態は様々であれ組織的「分裂問題」が生じ、「分派」や「新組織」が結成された場合、これら問題にどのように対応すべきか、という問題が生じます。
このような場合、わたしたちは、公的に表明された実践的方針、思想・政治的立場が、資本主義と闘い労働者民衆の解放闘争の発展にとって有意義かどうかの評価を判断の基準にします。
その見地から、必要と判断する場合には、自らの政治的評価を公表します。労働者階級解放の歴史的事業全体の利益から出発して事柄を判断し対応することが、マルクス主義に立つコミュニストの立場ではないかと考えます。そして、政治組織から異論を理由に「排斥」された人々が、自らの政治的組織的選択を自己決定し、自らの政治的立場を世の中に表明し、行動することは自由です。そしてわたしたちが、それぞれの政治的立場を評価するかしないかも、また、わたしたちの自由です。
社会主義運動上の倫理性、道義性とは、「他者を手段として扱うのでなく、同時に目的として扱う」こと、つまり他者を自由な存在として認め、扱うことだと考えます。
こうした見地からするならば、常岡氏は、かっては同じ組織の指導部であった亀高氏や同じ仲間であった地方委員会の労働者数十人を、「反常岡・反中央」に立ったとして、その具体的内容を示さずに、「非行」「過ちを犯した」「転落者」「人力の妨害者」と書き、それら人々が自らの意志で「分派」をつくり、自立し「新組織」を立ち上げたことを認めず、それらの行為が「道を踏み外した」ものと断罪し、その自由を認めていないのです。自らを「人民の力のたった一人の代表、最終責任者」というのであれば、他者の誤りをのみあげつらい問題を全て他者に向けるのではなく、なぜ人民の力の内部にこうした常岡指導部への批判と労働者の離反が生まれ、分裂に至ったのか。そのことを切開して明らかにすることこそが、世の中への道義的責任ではないだろうか。
このようなわたしたちの組織的観点は、鉄の規律の中央集権的組織路線下で絶対君主的に振舞ってきた人、それを支え隷従してきた人々には、おそらく理解しがたいのかもしれません。
だから、結論から言えば、亀高氏らがどのような組織名や肩書きを名乗ろうと、それらは彼らの自由裁量に属する事柄です。わたしたちは、そのように考えます。
(三) 真実を隠したのは誰か
さて、常岡氏は未来への今回の批判文書で、「批判書を未来宛に送った。しかし未来からは批判への応えに値する回答は全く届かなかった。傲慢に道理を踏み外した非行の当然の帰結として未来は応えることが出来なかった」と、書いています。また、中央機関からの公的文書にも、未来は「回答不能に陥った」と、書かれています。
真実はこうです。
3年前、2005年11月30日付けで、協同・未来は、人民の力中央への「返答書」を、中央機関は言うまでもなく批判書をいただいた地方諸組織・個人全てに送り届けているのです。しかも、この未来からの「返答書」には、わたしたちの態度決定の前段で、亀高氏らが「人民の力の排除と粛清の歴史」と告発したその問題の事実を問う、顧問のお一人である来栖宗孝さんから人民の力改革全国協議会にあてた質問状と、これに対する人民の力改革全国協議会が「大道」5号に公開した回答の写しをつけています。この人民の力改革全国協議会あての質問状は、来栖氏から常岡氏へも亀高氏らへ送った旨の手紙をそえて届けられているのです。これに対する常岡氏の来栖さんへの対応はありませんでした。
さらに、さかのぼること05年7月、6月に人力改革全国協議会結成が公表され,事ここにいたるまでの内部資料の一部が「大道」紙上で公開された直後、これを読んだいいだもも、生田あいが2人の連名で、個人的に常岡氏に宛て、7月30日付けで「事情説明のご連絡があるものとお待ちしておりましたが、それがありません。それでお手紙する次第です」に始まる手紙をだし、返事を待ったのです。しかし、常岡氏からは、この手紙への返事はありませんでした。もし、常岡氏が本当に私どもに面談して説明する気持ちがあったのなら、この時期に十分にその機会はあったのです。
こうして、わたしたちは人民の力常岡代表への信義を踏まえて誠実に対応し、しかる後に自らの判断による政治的態度を表明したのです。この表明に対して貴組織からのご批判をいただいたわたしたちは、例え路線や組織原理への政治的見解の相違、批判があるにせよ、貴組織に誠実に対応し、回答書簡を送ったことは紛れも無い事実です。
これら真実を隠し、こうした事実と経過を無かったことにして、今回の中央機関と常岡代表は、威丈高に「未来は一言も返せなかった」「未来は不回答」と口汚く決め付け、未来を批判への回答もできない卑劣漢のごとく描き出しています。それこそ、白を黒と言いくるめて人々を欺き、自らをも欺く行為であり、自己に不利な事柄の隠蔽であり、「虚偽とごまかし」ではありませんか。
わたしたちは、論争を恐れるものではありません。しかし、このような態度・やり方では、論争にもならないのではないでしょうか。
最後に
「常岡代表との面談」の申し入れについて
人民の力中央機関と常岡氏の書簡は、わたしたちに「常岡代表との場」を設定するように指示されています。
これまで同様に、わたしどもの事務所はいつでも開かれております。
そして、本当にわたしたちとの面談を誠実な態度で要望されるのであれば、老齢の2人の顧問自宅や全国調整委員自宅など5箇所に、中央から「指令」「指示」して10数通の同一内容の批判文書を次々と送らせるような「脅迫」まがいの行為を直ちにお止めになることです。
以上、わたしたちの基本的な考えを申し述べて、あなた方への回答といたします。
2008年3月9日
協同・未来 全国調整委員会
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