第87号 イージス艦衝突事故 地方から 沖縄報告 1・26荒川集会 集会感想

“そこのけ軍艦が通る”だ!
イージス艦の衝突事故弾劾! 石破大臣の辞任を!
ゆがんだ国軍意識の中心にある日米安保と
「対テロ戦争」計画を粉砕しよう!

藤尾靖之(元反戦自衛官)



 2月19日午前4時、千葉県野島崎の沖合で、海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」が衝突し、「清徳丸」は二つに折れて沈没、地元漁師の親子が行方不明になるという痛ましい事件が起こった。
 漁船でごった返す漁場での無謀な自動操舵、防衛省の組織を挙げての隠蔽策動など、肉親を失ったご家族の悲しみ、生活の場を脅かされた漁師たちの怒りを思えば、徹底的に弾劾せねばならない。

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アメリカ軍産複合体を潤わせる
だけの無用の「特攻防衛艦」

 事件を起こした「あたご」は昨年の3月15日に就役したばかりの、まだ艦齢1年にも満たない最新鋭艦だ。基準排水量が7700トンもある、海自でも最大級の艦である。
 今、映画や小説などでもてはやされている「イージス艦」は、「こんごう」型4隻、「あたご」型2隻の6隻が存在し、その艦名はこれまでの海自護衛艦とは違い太平洋戦争で活躍した大型戦闘艦、戦艦や重巡洋艦の名前を踏襲していることから見ても海自自慢の艦だという事がわかる。
 「イージス艦」とは、イージスシステムというものを搭載しているために、その名がつけられた。元になったのは米海軍のミサイル駆逐艦「アーレイ・バーグ」クラスであり、ほぼ同じというべきだ。「あたご」も、国際的にはミサイル駆逐艦と自称している。ちなみに「アーレイ・バーク」は、同型艦が60隻以上存在する。
 「イージス」とは盾の意味で、もともとイージス艦は、米ソ冷戦時代に米海軍の航空母艦をソ連の飽和ミサイル攻撃から守るために開発された。
 「飽和ミサイル攻撃」とは、多弾頭核ミサイルの開発により完全な迎撃が不可能になる攻撃のことを言う。理論上迎撃不可能な攻撃に立ち向かうため、高価な数十の標的を測定できるフェイズドアレイレーダーと90以上の迎撃ミサイル発射用のセルを持っているが、ほとんど次発装填ができず、事実上空母直衛の「特攻防衛艦」と言うべきもので、1回発射したら「終了」、そして空母ごと全滅必至という代物だ。ただ高価なイージス艦は、アメリカ軍産複合体を潤わせ、艦長クラスの将校の退役を防ぐ、という変な「任務」を果たした。

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湯水のように税金を注ぎ込む
日米共同作戦のための装備

 自衛隊の初のイージス艦「こんごう」は、1993年にアメリカから高価なイージスシステムを丸ごと買わされて就役した。海自には航空母艦はなく、無理やりシーレーン防衛にかこつけた格好だが、明らかに日米共同作戦のための装備だ。
 かくて1223億円もする「こんごう」は最新鋭艦として登場したが、すでにソ連は崩壊しており、登場即、時代錯誤の無用の長物と化したのだった。
 しかも冷戦後、北朝鮮の弾道ミサイルの脅威がデマゴギーに叫ばれ始めたが、実はイージス艦には弾道ミサイル迎撃能力はまったくなく、新たに米軍のTMD計画に組み込むため、何百億円もかけて改造せねばならなかった。
 「こんごう」クラスに続く「あたご」クラスもまた、ミサイル捜索能力はあるとされるが迎撃能力はなく、湯水のように税金を注ぎ込まねばならない。もっともその結果は立ち消えとなったレーガン大統領のスターウォーズ計画と同じく、実現不可能といわれるTMD(弾道ミサイル防衛)に「役立つ」だけの話だが。
 ちなみに「あたご」の装備する大砲は、「こんごう」の対空防御用と違い、対地攻撃用になっている、アメリカの「対テロ戦争」に追随した結果だ。

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国民無視の「自衛隊」の
国軍意識

「あたご」に暗闇で漁船を避ける能力があるとは言えない。そして二人の漁師の遭難とその後の経過は、「国軍」自衛隊と国民の関係を象徴的に示した。
 捜索のために1機でも必要なヘリコプターを使って、当直士官とは知らずに航海長を呼び出し石破大臣は何を語ったのか?議事録も取らず参加した官僚が、ほんの数日前のことを、「記憶にございません」といわねばならないのはなぜか?そこには、卑劣な自己保身と隠ぺい工作があったと見るべきだろう。
 海上保安庁に対する見下した態度と、行方知れずとなった2人の漁師のご家族に対して、「マスコミに話すな」と圧力をかけた事実。自国国民と他の官庁に対する尊大な態度には、増長する国軍意識が背景にあると見て間違いないだろう。
 「対テロ戦争」に自衛隊が参戦した時、自衛隊・防衛省が自国国民に対してももてない尊敬の念を、他国の民衆に対して持つことができないのは明らかだ。
 民衆の圧倒的な非難の声で、石破大臣を辞任させよう!ゆがんだ国軍意識の中心にある日米安保と「対テロ戦争」計画を粉砕しよう。
 そして自衛隊を解体しよう。                
地方からの報告 …………………………………………………(18)
必要なのは植樹祭ではなく、間伐祭だ!

野添憲治

緊迫する県財政

 わたしの住む秋田県では二月一四日に、二〇〇八年度一般会計当初予算案を県議会に内示した。その内容が、翌一五日の新聞に載った。「県経済の冷え込みなどで県税収入は伸びず、職員給与カットなどで歳出を抑え、不足額148億円を財政2基金から取り崩してしのいだ」(毎日新聞秋田版・二月二五日)が、基金の底が見える緊迫した状況になっている。県債発行額は前年度比26・2%の増加で、借金体質はいっそう高まった。
 そのため、県民生活と直結した予算が大幅に削られた。職員給与カットをはじめ、県立の脳血管研究センターやリハビリテーション・精神医療センターの補助金などを減額し、県民病の対策がまた後退した。農家がコメ以外の作物を導入する際などに、機械の購入を補助する「農業夢プラン」も大きく削られた。

たった一日の植樹祭に投入される巨額の費用

 このように県の事業全体が圧縮される中で、ことしの六月一五日に秋田県北秋田市の北欧の杜公園を会場に開催される全国植樹祭には、二〇〇七年度の準備事業三億七三五二万円に続き、五億七二九五万円の予算が付いた。「費用対効果」が見えにくい事業だが、充実した額となっている。この他に、県庁と地元北秋田市に設けられている全国植樹祭推進室の人件費などを加算すると、一〇億円を超えるといわれている。
 内訳を見ると、安藤忠雄建築研究所が設計の会場造成に二億五六〇〇万円。イベント企画会社に委託した式典の演出に一億三千万円。天皇・皇后の来県に警備などを含め、一億七七一万円を負担している。そのほか、秋をめどに主要国の在日大使館などに呼びかけて開く「あきた水と緑の地球サミット」(仮称)にも一五〇〇万円を盛り込んでいる。
 植樹祭の開催費用について全国植樹祭推進室の室長は、「「既存の公園の活用や、団体で使った資材の再利用など節約に努めた」「様々なイベントを通じ、地球環境への意識をみんなで共有してもらえれば決して高いものでは無い」(朝日新聞秋田版・三月一五日)と言い、二〇〇七年の全国植樹祭を開催した北海道は約七億三千万円を費やしたという。県内の経済が冷え込んでいる中で、たった一日の行事に一〇億円という巨額の予算を注ぎ込みながら、「地球環境への意識を共有してもらえば決して高くは無い」とは、危機感のない呑気さにあきれ果てる。
 しかも、中心行事というのが、一五日に天皇・皇后、環境、文部科学、農林水産の大臣、招待客、ボランティアなど約一万二千人が、計一万二〇一八本の木を植えることなのだ。いま、日本の森材は荒廃しており、その防止が急務になっているが、その原因は間伐をしていないからだ。私有林や公有林は日本の森林の七割を占めるが、この間伐費用の五割は国費で賄われている。残りは地方自治体と所有者が負担するが、地方自治体の財政難と、中山間部に住む森林所有者の労働力不足などで間伐作業は進んでいない。この間伐を促進させようと林野庁では、都道府県の負担分を起債で賄う特別措置法案をまとめ、今国会に提出したばかりなのだ。

植林事業の昔と今

 アジア・太平洋戦争には軍用材として、戦後は戦災復興材として、山林では施業案を無視し大増伐をした。そのため森林は荒れ放題となり、大雨のたびに山崩れが起き、河川ははんらんした。橋は流され、田畑は水が運ぶ砂に埋まった。故郷の藤琴川のそばにあったわたしの生家は洪水になると床上まで水没し、悲惨なものだった。
 こうした状況を打開するため植林が緊急課題となり、植林事業が進められた。一九五五年以降になると国有林生産力増強計画の名の下に「大皆伐」や「坊主刈り」と呼ばれる大増伐がやられ、その跡地に成長の早い杉を植える拡大造林をやった。同じころに私有林・公有林では、未利用広葉樹の開発という名の下に、雑木と称される広葉樹を伐って杉を植林する運動が始まった。しかし、一九六一年には岩戸景気で暴騰する木材価格に対処するため外材の輸入が始まった。国有林は需要拡大に対処できないうえに外材との価格競争に敗れ、国有林のシェアは二割くらいに落ちた。
 やがて巨額の累積債務を抱えるようになった国有林は、間伐などを十分にやらなくなった。私有林は中山間地で高齢化が進んだうえに、間伐材では採算が取れないので、間伐作業を放棄するようになった。
 スギは成長に合わせて間伐しないと、商品価値のある丸太にならない。また、スギが密集して日光が地表に届かないと下草が生えず、保水力を失った砂は雨になると川に流れ、さらに海へ流れて海藻を死滅させ、近海漁業の不振の原因となっている。
 今間伐を適切にやらないと、治水・環境・水資源が危ぶまれるだけでなく、国有林も生産されなくなる。それなのにわずか一万二〇一八本を植える植樹祭に巨額の税金を注ぎ込むのはムダづかいである。必要なのは植樹祭ではなく、間伐祭なのである。


               
環境アセス調査強行反対
沖縄新基地建設反対市民集会


「米軍犯罪糾弾!辺野古新基地建設反対!環境アセス調査強行に反対する市民集会」が9日、沖縄県沖縄市で開かれました。辺野古や東村高江など、基地建設反対の座り込み行動を続けている現地の住民など約百人が参加しました。主催は「基地の県内移設に反対する県民会議」によるもの。
 集会では、市民団体の代表らが、米兵女子中学生暴行事件や環境アセス問題について基調報告などを行いました。集会は、「23日の県民大会を成功させ、普天間基地の即時閉鎖返還、辺野古基地建設阻止へ大きなうねりを創りあげていこう」とするアピールを採択しました。(「辺野古通信」は6ページ) 

格差なくせ!貧困なくせ!
非正規の労働者のた めの協同センターを!
当面する労働者派遣法を99年以前に戻す
新しい立法化を全国闘争に!
世界社会フォーラムの風を今ここに
1・26グローバルアクション in東京・あらかわ

「非正規労働者の未来と労働組合の役割」…分科会報告(下)

第二部 会場からの発言から
酒井徹さん(名古屋ふれあいユニオン)の報告

■トヨタ車体に派遣され、突如の「辞めてくれ」

 去年まで、派遣会社からトヨタ車体に派遣されて、半年間、仕事をしておりました。トヨタで働いているからトヨタの労働問題に取り組んでいこうと、外国人労働者の問題、トヨタ・グループでの偽装請負の問題、研修生・実習生問題を。それからトヨタがフィリピンで組合潰しをやっている話を聞きまして、じゃあみんなでトヨタの社長さんに「そういうことはやめてくれ」というお手紙を書こうという話になって、僕も手紙を書いたところ、その4日後、9月18日に突如として、「10月9日をもって辞めてくれ」と、日研総業から言われました。
 それで、「何で辞めろと言うんですか。遅刻も欠勤もしていないでしょう」と言ったところ、「トヨタ車体から日研総業に突然、180人を減らしてくれ」と言われたと言うのです。
10月で期限が切れているのがたまたま酒井さんだったと。それで、本当かなと調べてみると、何とその担当者が削減した1ヶ月あとになって、日研総業は広告をばんばん出している。「トヨタ車体にニュースタッフ100名大募集!安定性と将来性も抜群」と、大募集していたわけです。「これはどういうことだ!」と迫りましたところ、「それは手違いで出してしまった広告であります」と。「では、実際にはこの間、一人も職場には新しい人は入っていないんですよね」と聞くと、「いや、求人広告を見て来て下さった方には、申しわけないので入れております」と。こういうわけのわからない言い訳を繰り返しまして、さすがに僕もあきれて、「それは出る所に出てもちゃんと言えるんだろうな」と言い、労働委員会に行きました。すると、さすがにこんな言い分は言わず、労働委員さんには、「この間の経緯の中で、酒井さんと当社との間で信頼関係が崩れたので、もはや雇いたくない」と言った。ほぼ6ヶ月の所得に見合う解決金を出すという形で、解決いたしました。

■組合がなければ、泣き寝入りしてた

 多分、僕が労働組合に入っていなかったら、そのまま泣き寝入りとういうような状態だったのではないかと思うんです。日研総業から「辞めてくれ」と言われて、寮からたたき出され、ホームレス一時保護所に収容され、其の後、ホームレスの自立支援施設というところに移送された。しかし、解決金も入りましたし、2月1日にはアパートを借りて引っ越すことができるようになりました。派遣労働者と野宿労働者は本当に紙一重だなっていうのをしみじみと実感させられました。

■「研修生」という恐ろしい労働問題

 組合は公称250人。ちゃんと組合費を払っている人だったら大体200人いるが、その内外国人が130人、ほとんどがトヨタの下請けで働いている日系ブラジル人です。この人たちに新しい労働問題が起こっています。
 何かと言うと、「研修生」という名目で中国人あるいはベトナム人が職場に入ってくる。この研修生というのは、クルマ作りの勉強のために日本に来るということです。授業料を払わないとならないが、貧しい国の人だから生活費程度は出してあげようという制度です。労働法制が適用されない。最低賃金以下の賃金で働かせても、それは合法だということがまかり通ってしまう恐ろしい制度なんですね。
 その研修生の人たちが来て、話を聞いた。タイムカードを隠し撮りしてきてもらった。そうしたら上から下までびっしり数字が並んでいる。1ヶ月間の内、1日も休んでいない。それで、朝の8時から夜中の12時まで毎日働いている。「1日もあなた方の休みがないじゃないですか。どうやって今日ここに来たんですか」、「今日も本当は働くはずだった。ただ、社長が突然、仕事が一つ減ったから今度の日曜日は来なくていいと言われたので、今日はやっと来ることができた」と、言うんです。 この人たちは、時給300円で働いていたわけです。

■日系ブラジル人労働者の大量導入

 今、日系ブラジル人が職場に大量に導入され、この人たちも実は、最低賃金すれすれで、しかも社会保険、雇用保険、健康保険にも入っていない労働条件で働かされている。でも、この人たちですらもはや「高い」という状況。「300円で、やってくれる人間を連れてきたから、お前らはいらん」と、契約期間の途中であるにも関わらずいきなり切ってくる。こういう構図がある。
 それで、研修生の人たちに聞いてみると、「私と一緒に来た隣の工場の研修生は、時給600円もらっている。私は300円だけだ。隣の工場の子がうらやましい」と言うんですね。もちろん時給600円で働かせても、これは最低賃金法違反ですよ。ただ、普通の労働者なら、それなら隣の工場に行く、ということができるが、研修生はそれが絶対にできない。最初に決められたところで、時給300円だろうが時給600円だろうが、とにかくそこで働かなければいけないというシステムなんですね。

■経営者が「お前いらん」といった時点で強制送還

 これはトヨタの中でも4次下請けくらいの末端の工場だが、トヨタの1次下請けくらいになると、最低賃金を払っていたりする。それと、家賃という項目で一人4万2千円引かれている。それでこのベトナム人は、狭い部屋に4人押し込まれ、一人ずつから4万2千円の家賃を取っているんですね。そして、その隣の部屋には日系フィリピン人が4人で住んでいるが、この人たちは4人で4万2千円払っている。つまり、研修生からは4倍の家賃を取っているわけですよね。あくどいことをやるなと思うんですけれども、こういった人たちが立ち上がって、労働組合に組織して、団体交渉をしたら上手くいくのかと言うと、これが難しい。この制度は、本当に生殺与奪の権利を全部経営者が握っている。「お前、いらん」と言った時点で、強制送還っていう制度です。
 表から立ち向かっていったらけっこうやばいと、最近、頭を悩ませている。最低賃金が底だと思っていたけれども、実は今、愛知県の職場ではそれ以下というのが合法的にまかり通るもう、一つの底がある。これを何とか上げていかないと、僕らの賃金もどんどん下がっていくと思うんです。しかし、これがなかなか難しい。研修生・実習生の問題に取り組んでいる方もいらっしゃると思うんですが、もし、体験があるところがあったらお知恵を貸していただきたいと思います。(報告と文責・仲村実)


むかし、昔「金の卵」であった労働者の思ったこと

杉本 一平 



「格差をなくせ!貧困なくせ!非正規労働者の未来と労働組合の役割」の集会に参加していろいろ考えたことを書いて見ます。

@ 会場のさまざまな人からの発言で、工場で働く正規職に対して、期間工・派遣社員が8割の大勢を占めるというのには、驚きでした。私など高度経済成長の中で、「金の卵」といわれ、企業の磐石の基礎を支えるかのようにもてはやされたものですから、今更のように、驚天動地の世界を再認識した次第でした。
 トヨタ・日野などの巨大企業の工場のラインが、2・3ヶ月更新の派遣社員で大部分が占められているならば、社員教育など無用の世界になっていると想像されます。この180度の転変は、トヨタの誇るカンバン方式と言われる工程管理が、更なる合理化をとげ、働く人の主体性を寄せ付けないものに、更なる合理化をとげていることによるのでしょう。しかし、働く人々が、使用価値を作り、価格ある商品を作るのですから、自らの作り上げる商品への誇りを奪えば、その企業の衰退ここに保証されたも同じではないでしょうか・・・

 80年代の話です。スズキと言うオートバイのメーカーがあります。ホンダ・ヤマハの二大メーカーの陰に隠れていた小メーカーなのですが、販路を拡大するのに、新車(GS400)を投入するに当たって、勝負したのは、品質、特にエンジンの優秀さでありました。品質と個性でみごと成功したのですね。新車開発部門と、製造での社員の自慢であったでしょう。この手法は、しかし戦後日本車の、GM、フオードの巨大企業に対する戦術でありました。更に有名なのは、トランジスタラジオのソニーです。安価のみならず、品質で勝負したのですし、そのための社員教育であった筈です。この点を軸にした、政官一体の「日本株式会社」これが、世界貿易の競争の中で高度経済成長を果たしてきた日本的システムでありました。ところが、目の前にあるのは、この中心の日本的システムの瓦解であります。

A 71年に、アメリカは、国際的なベトナム反戦闘争への敗北の深まりの中で、ドルと金の交換を停止し、完全雇用と物価の安定を旨としたケインズ主義のIMFの改組に取り掛かりました。いわゆるニクソンショックですね。IMFの改変の正体がなにであるのか?、やがて、経済危機に陥った英国が、「サッチャー革命」を起こし、英国労働運動の背骨・鉱山労組を解体し、国営企業の民営化を果したことに象徴的です。このやり方は、ニュージーランドなどの国鉄の売却などとして、典型的例とされました。構造改革と規制緩和による労働者保護の施策は全て投げ捨てられていったのです。アメリカ・日本の中曽根・小泉の構造改革のみならず、タイ、韓国さらに、メキシコ・南米へと世界中を新自由主義とグローバリズムが席捲していきました。80年代からの世界を襲った新自由主義の大波に抗しているのは、昨年IMFからの借款を全て返済し、キューバ革命と手を携えたベネズエラを先頭とした「新しい社会運動」です。
 新自由主義は、日本国内での雇用破壊・失業者の生産をするばかりでなく、東南アジアにおいても、タイの通貨危機、韓国の債務危機を引き起こすことで、賃金の低下をもたらし、東南アジアでの低賃金の平準化をもたらしたのです。このような世界的な「新自由主義」のもたらした「市場革命」労働者保護の諸立法の撤廃、規制緩和が、日本の派遣社員の増大とワーキングプワ−の増大をもたらしたのです。
B ソ連社会主義の存在と帝国主義諸国での労働貴族を補完とする戦後の過度期世界の階級闘争が、国際連合・ケインズ主義のIMFとして表れ、資本主義諸国を統制したのであって、アメリカのベトナム革命戦争への敗北への克服として、旧体制への「反革命」の手段として、新自由主義があったのです。このような歴史的な国際的な階級闘争の総括の下での新自由主義との戦い方ではないでしょうか?
 革命・ベトナムが、選択せざるを得なかった路線は、ポルポト・カンボジアの「貨幣の廃止」とその後背にある貨幣廃止の実験もしたことのある文革中国との対峙であった筈です。農村社会主義の破産を見越しての、ベトナムのアメリカとの貿易、資本主義世界の物象的依存の体制への編入であったのです。痛苦の選択であった筈です。
C 私たちの目指すべきことは、商品・貨幣の廃止を、生産協同組合を作り上げるなかでかち取る労働者階級の自立的な、国家廃止をめざした団結を作り上げることによって、世界的なベネズエラを先頭とする「新しい社会運動」と結びつけていくことだと思うのです。自動車生産のラインに立つ、派遣の若者の発言はすばらしいものでした。同じ仕事をしているのに、東南アジアからきた「研修生は」時給300円で、朝の8時から、夜中の12時まで働くと。ここをせめて自分と同じ1250円にしたい!と。こうしないと、自分の低い労働条件さえも守れない・・・と。
 ここには、<価値の源泉として役立つ労働力>である賃労働の人格化としての労働者の位置づけがあるのですね。頼もしく、こぶしを合わせていました。
 かくして、「新自由主義グローバリゼーションに反対し、世界社会フォーラム(WSF)に関心を寄せる様々な団体・個人が集まり」「もうひとつの世界のためのグローバルアクション」の一歩みがあったのです。


 第87号 イージス艦衝突事故 地方から 沖縄報告 1・26荒川集会 集会感想