『武建一 労働者の未来を語る』
究極の「労働者の人格形成」めざして(上)
(社会批評社発行、1800円+税)
本書は武建一の自伝ではない。「関生労組」の闘争記でもない。あえて言えばこの本の狙いは究極の「労働者の人格形成」ではなかろうか。本紙の読者はご存知のとおり、武建一および「関生労組」は今も司法警察による国策弾圧の渦中にある。しかもそれがなんと3年間も連続して繰り返されているのである。事件の概要は2005年1月13日〈第一事件=大谷生コン事件〉の武建一委員長はじめ組合役員四人に対する逮捕、全員起訴から、2007年5月8日〈第五事件=斉藤建材事件〉組合役員三人、組合員一人の逮捕まで、延べ14人を逮捕、全員を起訴している。この間、組合支部、分会事務所をはじめ組合役員や組合員の自宅の家宅捜査や警察の出頭取り調べやマスコミ報道など組合及び組合員・家族への打撃は計り知れない。弾圧は正当な組合活動である団体交渉の申し入れや抗議行動を「強要未遂」「威力業務妨害」とし、武委員長は直接行為には加わらないまでも組合責任者として再、再々逮捕し1年2ヶ月もの不当な長期拘留(現在は保釈中)が強行された。裁判は一審、二審ともに有罪・実刑判決が行われ、現在最高裁で係争中である。(詳しくは関生支部ホームページ参照)
●明るさと爽やかさ
本書を読み終わって感じる第一印象は、明るさと爽やかさであった。1年2ヶ月の不当な長期勾留の暗さは武建一の言葉や文章にはみじんも感じられない。それは天性の明るさもあるだろうが、それは苦難の生い立ちから目覚めた、労働運動家としての鍛え抜かれた究極の「労働者の人格形成」から生じるものではなかろうか。それが人間的な暖かさとなって職場の労働者をはじめ同業の経営者からも、幅広い支持と期待が寄せられるのであろう。本書にはそんな味わいが全体ににじみ出ている。本紙編集者の生田あいさんが聞き出す話ことばも読みやすく、本の構成力もしっかりしていて、内容の完成度も高い。質問は読者の立場で一歩も二歩も踏み込んで、武委員長は裸になって真剣に格闘しているのが清々しい。正真正銘の闘いの修羅場を潜ってきた武委員長の42年間は、日本のセメント独占資本と国家権力を相手に、小兵が大兵を制する相撲の如く、堂々と四つに組んだ真剣勝負であったといえる。戦後労働運動において(戦前も含めてそうだが)一業種の産業別労組が大独占資本と国家権力を相手に40年以上も闘って負けない例は関生労組と武委員長以外には知らない。これは歴史的事実であって決して虚構ではないのである。さて、本評はそれを書きたかったのだが、それを全面展開するにはとても紙面が足りない。よってこの間の武氏の話で印象に残った所を三点だけとりあげて解説的に論評してみたい。
●印象に残ったところを三点
その第一点は、1982年の今の連帯労組関生支部が共産党の指導する全自運関生支部の「全自軍」と言われた最強最大の戦闘力を誇った時代の苦闘場面であった。本書でいえば156頁から159頁の関生支部、全港湾大阪支部、同盟生コン産労などによる四労組共闘とセメント工業組合の間で締結された「三二項目労働協約」をめぐる労使の攻防である。これは生コン労組の共闘の成立によって結ばれた画期的な産業別労働協約である。評者はこの労働協約は日本で最初に獲得された産業別「協働労働権」であり、世界的な最先端レベルの労働協約だと高く評価している。(武建一・脇田憲一共著『労働運動再生の地鳴りがきこえる』―21世紀は生産協同組合の時代―社会批評社刊、2005年発行、38頁参照)。セメント工業組合とはセメント独占資本の三大メーカーを中心とするセメント企業の業界団体で、工業会の経営者および業界団体役員は、戦後のエネルギー革命で構造的に衰退し倒産した三池炭坑などの炭坑資本経営者であり、労務担当役員であった。関西の生コン労働者の団結によって、これらの元炭坑資本の経営者団体との間でこの団体労働協約を闘いとったのである。関生支部はこの労働協約獲得の大衆闘争で、1981年から1982年には約50人の幹部・組合員の逮捕者を出している。闘争の激烈さがよくわかる。
●不況期は労働者にとってはチャンスとは至言
現在の日本におけるセメント業界の状況は、生産量は2004年で見ると約6,750トンで、このうち、太平洋セメントが36.3%、宇部・三菱グループが27%、住友大阪が17.6%で、この3グループでおおよそ80%のシェアを持っている。そのうち生コンの直営工場と中小企業の専業工場が消費するセメントの量は約70%といわれている。生コン業界の労働者は全国で約8万人、関西では約7,500人、労働組合の組織率は約30%である。いずれも1970年の大阪万博の終了後から設備生産過剰の構造不況業種に指定され、セメント独占資本の大企業、中小企業の生コン業者ともに過当競争で経営難に苦しんでいた。1980年代の経済バブル期においても構造不況は改善されず、過当競争はいぜんとしてつづいていた。武委員長の持論は、構造不況であれ、不況は資本にとって弱点である。資本が弱体化する不況期は労働者にとってはチャンスなのだということであった。企業別組合ならぬ産業別組合のリーダーであってこそいえる至言である。(「下」に続く)
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美術展
佐藤俊男コーナー
丸木美術館 埼玉県東松山市下唐子1401 TEL 0493-22-3266
●交通は東武東上線森林公園駅南口よりタクシー10分徒歩50分、東松山駅東口より市内循環バス(平日)有り、
詳細は美術館にお問い合わせを。 |
ご遺族からのお礼状
83号(10月10日号)で、10月6日東京の総評会館にて、全国から100余名が集い、「増山太助さんを偲ぶ会」が開かれ、増山さんの人柄をうつすかのような優しい親しみと熱気あふれる会のこと、そこでの増山夫人や娘さんなどご遺族の感動的なご挨拶のことが報告されています。さらに補足すれば、会は生田の司会で、由井格氏の開会の挨拶、第一部「追悼の集い」では、来栖宗孝、新井吉生、いいだもも、吉田嘉清、加藤哲郎各氏が、第二部の「偲ぶ集い」では、犬丸義一、柴山健太郎、脇田憲一、大峰林一、松島恒春などの各氏が、増山さんを偲ぶ思い出を語り、閉会の挨拶を井上学氏が行いました。
その後、ご遺族から、下記のようなお礼状が参加の各位に届けられております。その紹介をもって、会の続報とさせていただきます。
「(前文略)さて、先般の父、増山太助偲ぶ会にはご多忙の中、そしてご遠方の所、ご出席くださいましてありがとうございました。皆様より暖かい「増山太助」像をお話くださり、とても嬉しく、感謝の気持ちで胸が熱くなり涙いたしました。父に皆様の「声」と「映像」を届けたい想いで一杯でした。暖かく優しい会を催して戴き、母も大変喜んでおりました。皆様にお目にかかり御礼申し上げるべきところでございますが、書面にて感謝と御礼を申し上げます事をお許しくださいませ。寒さも一段と深まってまいりました。どうぞ御身大切にお過ごしくださいませ。敬具」(生田)
(編集部の責任で、ご遺族のお名前は省略しています。)
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「編集室から」
●気がつけば、あっという間に一年が過ぎ、また新しい年となる。お金も大切だが、時間もまた大切だと改めて痛感する。だが、長時間労働そして低収入という労働者にとっては、時間的余裕もまた限りなく乏しい。そんなギリギリした日々の中で、学び、かつ行動し、そして前進するということは、実に容易なことではない。だが、その険しい山道を登って行くような日々の積み重ねがないことには、私たちに未来も展望もないと改めて思う。(青)
●かつて、防衛庁の「天皇」といわれた守屋前防衛事務次官が逮捕されるにいたった。組織のトップに立つと、初心を忘れ権力のほしいままに迷走してしまう。人間とは、さも浅ましいものなのか。これは彼だけのことではない。コミュニストの世界でもあったし、今もあるのでは。私はトップに立てるような者ではないが、常に心しておきたい。初心を忘れず、常に自己点検をし、下支えに徹していきたいと。(山)
●年末恒例のベートーヴェン交響曲第九番を聴く。第四楽章「歓喜の歌」はシラーの手になる有名な詩である。そこには「神」を媒介としてはいるが、全人類の同盟と協働が高らかに謳われている。「おお!歓喜よ!神々の火花よ!楽園の乙女よ!汝の翼に抱かれて全人類は兄弟となる!」「百万の民よ抱きあおう!」「このくちづけを全世界に!」シラーが夢想しベートーヴェンが賞賛した人類の夢の実現のために、吾等も行動しよう。(幹)
● 新年おめでとうございます。
昨年末発行予定の新年号が、一部原稿整理や編集メンバ−の風邪などやむを得ない事情で越年編集となり、皆様への発送が新年早々となってしまいました。まず、原稿をお書きくださった皆様、新年号を楽しみにされていた読者の皆様に、心よりお詫び致します。
その代わりに、新年号は通常紙数を大幅に超える12頁建てで、内容も力の入ったものとなっています。「未来」は、時代の求めに応えて、本年もさらなる進化を遂げていくつもりです。よろしくお願いします。(生) |
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