第85号(2008年新年号) 今の日本 

最終回 再起を始めた障害者・弱者・若者の運動

精神科医 神子上 徹(みこがみ とおる) 

労働者階級の反乱は最早死語か?

 世界に冠たる日本型労使関係は、最早消滅したといわれています。年功序列、終身雇用という形態で、一つの会社に終身雇用される、雇うという形態が、戦後の80年代まで維持されてきました。春闘方式による賃上げ闘争の終焉があり、バブル崩壊前後から、雇用形態の劇的な転換があります。しかし、これも自然発生的なものでは決してなく、先に述べたソ連邦の崩壊を機にして、グローバリズム、新自由主義、世界的金融の暴走から始まり、乗り遅れると日本の経済は破滅する、との大合唱が引き起こされ、商品としての労働力の価値の大々的切り下げが起こったのだと私は考えるに至りました。尤も、こんなことは「未来」読者の皆さんはとっくにお気づきでしょうが。
 07年春に、フランスで労働法制の改悪を巡って大規模な闘いがあったことを機にして、日本の若者はどうして反乱をおこさないのか??なる話がチラホラありました。
反乱は・暴動は既に始まっている!?と、どこかに書いてありました。「どこに??」「ニート、引きこもりってのは、これまでの常識的生き方を消極的にしろ拒否しているわけでしょう?」てな話ですが。これが、今100万人規模で、猶増えていっている、との話でした。これを、100万人のサボタージュ、ストライキと見れば大変な数だと思いませんか?精神科医大賀も、書評の中でこれまで私が述べてきた問題に早くに気づいているようです(文献:5)。
 さて、ゴーマニズムの小林よしのりは、とんでもない右翼と思っていましたが、前記雨宮に案内されて、漫画喫茶にルポし、ここにたどり着かざるを得なかった人たちを個々の責任として突き放すのではなく、現在の日本社会の構造的な問題としてきちんと分析して見せています。いいところをみていると感心してしまいました。右であれ、左であれ、偏った読書をしていると、あかんのだ、とつくづく思いました。
また、レーニンの帝国主義論を読み直した辺見は、(文献:6)〈…だが、彼が析出して見せた帝国主義の五つの特徴は80数年の時空を超えて、「暴走列車」のなんたるかを現代の思想家よりもよほど鮮やかに描いているように思えたことだ。@生産と資本の巨大企業への集中と独占A金融寡頭制支配B独占と金融資本の形成によって生じた過剰資本の輸出C国際的独占体による世界市場の分割支配および国際カルテル、国際シンジケート、国際トラストなどによる世界の分割協定D列強による世界の再分割とそのための抗争ーの五大要因は、帝国主義戦争を不可避にしている背景かどうかは別にして、おしなべて戦争めく現在に通底する特徴ではなかろうか。…「資本主義の最高の発展段階」としての帝国主義は、じつのところ、やっといま米国においてその実質を整え、乱暴きわまりない本性を見せはじめているといえるのかもしれない。グローバル化という現実もこの脈絡でとらえた方がわかりやすい。…列強内に生じる高い利潤が一部の労働者に特権的な地位を与え、さらには「労働貴族層」を生み出すことになり、国際的労働運動に分裂傾向をこしらえるであろうと当時から読んでいたのだから。〉と、レーニンの炯眼に感服していますが、今更レーニンなんて、と思っていた私にとって辺見のこの指摘は、目から鱗の思いでした。レーニンは、キチンと現在を見通していたということです。

障害者の闘いとの連帯と政治過程への登場

 還暦を過ぎた私も、残された人生の時間は少なくなってきましたが、最初に紹介したような、臨床現場での闘いへの連帯は、続けていくでしょう。資料あさりを通じて、もっと勉強をしなければいけないことを痛感しました。それも生きた勉強です。
 障害者自立支援法の成立の過程は、以下に述べる意味で劇的でした。法自体の内容は、自立「させん」法です。全国の福祉現場からの声はまさに「怨嗟」ばかりです(資料:10)。しかし、成立過程での障害者の政治過程への登場は、日本の障害者運動の歴史では、最高の動員を果たし、質的にも高い水準を獲得したと思われます。
 私が、精神科医になった頃、障害者運動は新左翼運動の影響を色濃く受けており、かなり戦闘的でしたが、今から思えばその影響は限定的であり、新左翼運動の四分五裂、内ゲバの拡大などでの衰退と共にしぼんでいきました。今回の盛り上がりは、広汎であり、裾野は広くかつ持続的です。自立・自律的な動きになってきてると思います。
 ところで、日本医師会は医師政治連盟、歯科医師会は歯科医師政治連盟という政治組織を持っています。ちなみに、医師会の主張の基本は、世界に冠たる国民皆保険を守れ!!です。医療・福祉情勢分析は、あろう事か、日本共産党機関紙「赤旗」とよく似ています。ところが、政治連盟はいつも自民党に献金しています。献金しても献金しても診療報酬はドンドン切り下げられています。「あほで、馬鹿な」組織と思います。
 こんな話をするのは、それにならって「障害者政治連盟を立ち上げたらどうですか」ということです。精神病者は、ざっと130万人、家族まで入れたら、600万人くらいの規模になります(**全精神障害者は300万と最近の厚労省発表)(注:3)。キチンと組織すれば、国会議員の10人くらいすぐ作れるはずです。
 利益代表としての議員はこの日本では当たり前ですし、存在そのものを政治化するのですから、堂々たるものです。うちのデイケアに来ている患者にこの話をよくするのですが、みんな尻込みして,あとづさりします。「また、ほらふいて…」と思っているのかなあ。進歩的な、革新的な??医者や、ケースワーカーに頼った運動は最早過去のものになったのでしょう。精神障害者解放運動の中でもご多分に漏れず、内ゲバが未だに続いています。団結しない限り、国家にいいように扱われてしまいます。その中で大阪では患者の体験談を学校で語るという事業に500万の予算が付いたということです(資料:11)。こういう働き方もあったのか、と目から鱗です。
 イタリアでは、年金者組合というのがあって、これは、大変な力を持っているようです。日本でも、「六本木ヒルズの広場で鍋闘争」「三人デモ」などという「伝統的新左翼」の端くれだった私が笑い転げた「闘争」をしている若者たちがいます(資料:12)。つまり、じいさんや、おじさんたちの貧困で硬直した発想でない、たくましい若者もぼちぼち出てきているのです。尤も、この若者たちは機動隊から「オイ、貧乏!!」と呼ばれるようですが…。

おわりに

 憲法改正が政治日程に上ってきました。これに対抗して、京都では、本年10/21に全共闘世代のじいさん、婆さん、おじさん、おばさんたちが円山音楽堂で「これでいいのか日本?」大集会をやり、1000人ほど結集しました。自分たちの孫を戦争に行かせないという熱気にあふれていました。
 一方で、国家の安全保障という問題も、この間の学習で考えさせられました。私が考えるに安全保障の第一は、軍事力ではありません。国民の国に対する信頼感です。若者が未来に希望が持てない…国を信頼できない、ということは、守る価値のない国だ、という見切りを付けているということです。教育問題、医療問題でも教師がダメだ、医師がダメだといっても、国民の水準を上回る教師、医師は出来ない(資料:13)、という考えは至極当然です。馬鹿であほな国民には、それにふさわしい馬鹿であほな政府しかできない、ということです。小泉に熱狂した国民は、その小泉に今の格差社会=階級社会を実現させたのです。見事にあほで馬鹿な国民でしょう??(ナポレオン3世に熱狂した19世紀のフランスとのアナロジー)。
 私は、戦後60年、日本は国家の名において、他国を一度たりとも侵略していない、これは絶対的な「売り」だ、と思ってきましたし、今も思っていますが、辺見にいわせると、「冗談じゃない、朝鮮特需で復興し、ベトナム特需で散々潤ったじゃないか!!参戦しているんだ!!」(文献:6)ですが、それでもこれは使えると思っています。また、どうしても戦争をしたいなら、賛成議員の子供は(ものの役には立たないが弾よけくらいにはなるから、本人も入れていいけど!?)、全部自衛隊に入れて、最前線に送るという法案を提出すべきと思っています。(評価は別にして、乃木大将は日露戦争で二人の息子を戦死させている!!)イラクの場合、米国では、議員の子供は確か一人??しか行ってないはずです。ブッシュの子供は真っ先で当然だったでしょう。小泉の息子が自衛隊員でなくて何で芸能人だ?!他人の子供を戦場にやるなら、自分の子供をやるのがまず先でしょう。
 こんな話をするのは、「論座」の本年新年号にある若者から、「丸山真男をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は戦争。」「戦争でも起こらないと、この先が見えない!!」というような主張が載って、それへの各界からの意見が4月号に載っていたからです。6月号に、本人の再反論が載せられており、それをみると、福嶋瑞穂や鎌田慧などの意見でも納得がいかなかったようです。私には、この論争が論争にならず、すれ違っているように思えました。
 時代は、そこまで来ているということです。やはり、自ら政治化しー国政、地方を問わずー候補を立て、キチンと投票に行くということが第一歩でしょう。それと、やはり労働運動の再生でしょう。韓国では、企業内労組でなく、全国、さらに国際連帯的な労働運動の強化を目指して、10万人の活動家の育成を開始したそうです。その時、言うまでもなく、「てめえ(手前)らだけの利益追求」の公務員労働運動が、徹底的に批判の対象にされ、小泉の餌食にされたことを教訓にしなければなりません。
 それから、障害者の福祉は、補助金に頼る施設、運動は先の資料でも明らかなように、軒並み苦しくなっています。福祉政策=行政=議会=自民・公明の多数派が決める、訳ですから当然です。苦しくとも、少々のことではへこまない基盤を作ってこなかったつけが回ってきたと思っています。ナチス=ヒットラー政権がユダヤ人のホロコーストの前に、精神遅滞者や精神障害者の抹殺を実行した歴史的事実を忘れてはいけません。これは飛躍した話ではないと思っています。
 中国の古典「春秋左氏伝」の中に、「国の興るや、民を視ること傷めるが如くす(中略)その亡ぶるや、民を以て土芥となす」という言葉があり、「政治は国民へのまなざしが大切。政治家が傷をいたわるように国民を見る国。そんな国は必ず元気になる。逆に、政治家が国民をゴミのように無視する国。そんな国は必ず滅ぶ」という意味だそうです(資料:14)。この言に照らせば、今の日本がどのような国かは、明らかでしょう。最後に、辺見の本(文献:6)に載っているおでん屋のおばあちゃんの言がいい!!これをそのまま紹介してこの連載の終わりにします。
「まったく日本人って心が狭いわねえ。ケチよねえ。オチンコも魂もほんとにちっぽけなんだから。あっち、飢えてるってんでしょ。お米たくさん送ってあげりゃいいのよ。たくさん。昔さんざ悪いことしたんだからさ。朝鮮人のこと火箸とかスリッパでぶったりしたのよ。あんた、冬場に裸で立たせて水かけたりしたのよ。いま、忘れたふりしてさ。こっちは食いたいだけ食ってさ、ほらこんなに肥えちゃってんだから。ははは…」(辺見が立ち寄った引き揚げ者というおでん屋のおばあちゃんの言葉から)
これほど国際連帯の神髄を表明した言葉はないでしょう!!!    完  (07年11月末記)

文献5:「精神医療」誌No・46号 大賀達雄 「心の病はこうして作られる」石川・高岡編・批評社刊の書評の中で展開している。
文献6: 辺見 庸 「記憶と沈黙」辺見 庸コレクション 1 毎日新聞社
 脳卒中で、死の淵をさまよった中で、半身不随の身を振り絞って書いている。一言一言が深く鋭い。特に、元文化庁長官の三浦朱門批判は正鵠を得ている(記憶と沈黙 205頁以下)。

資料10:週間現代 本年春連載された「はぐれ記者、福祉崩壊列島を往く」中里憲保・ジャーナリスト は、大反響を呼んだようで、内容も詳しく自立支援法批判もどっさり掲載されている。いずれ本になるだろうが、確認していない。
資料11:大精連ニュースNo・98 07・6・11 「語り部事業に取り組んで」大阪市で、精神障害者の生の闘病体験を生徒達に語って聞かせる事業だそうだ。自治体の中にも、粋でわかる人たちが出てきたということだ。なお、大精連は、大阪精神障害者連絡会・愛称ぼちぼちクラブといい、精神障害者の当事者組織である。 
資料12:(=資料4:前号再掲)「論座」’07年4月号 特集「グッとくる左翼!」の中の一連の記事・論文
資料13: WEDGE 07年 3月号 藤原繁士「首相のリーダーシップなくして教育再生は不可能」・・・安倍首相の肝いりで発足した教育再生会議は、阿部の退陣によってどこへ行くのかわからなくなっているようだが、3月にはこのような論がすでに出ていたわけである。、
資料14:朝日新聞Be版 07・10・27 コラム 昔も今も 
教師C 平州が吹き込んだ魂 茨城大学準教授 磯田道史

注3:精神障害者・精神病者・全精神障害者・・・ここであえて精神病者としたのは、統合失調症(かっては、精神分裂病 と呼称)を意味し、この数が130万人で、全人口の約1%であり、世界的にも発生率は変わりないとされる。全精神障害者というとき、鬱病なども含むわけである。ちなみに法的には、認知症(最近まで痴呆と呼称)も、精神保健福祉法の対象精神疾患に含まれる。
 
 連載中の訂正

第1回(No・82 07・9・10) 5段目 症例5 の文中、「労働安全衛生方上も」を
「労働安全衛生法上も」に
第2回(No・83 07・10・10)1段目 管理職ユニオンとの関わり の文中、
「ウィンドショッピング似ているので」を
「ウィンドショッピングに似ているので」に
第3回(No・84 07・11・10)3段目 左から13行目 「精神障害者化される労働者階級」は、これだけで小見出しです。


 第85号(2008年新年号) 今の日本