関生モデルの日本労働運動の再生を!
7・8労働運動再生の地鳴りがきこえる』
出版記念東京シンポジウム、盛会! |
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岡山を皮切りに始まり、大阪、水戸、北海道へとリレ―してきた武・脇田共編著『労働運動再生の地鳴りがきこえる』出版記念会が、7月8日東京の日本教育会館にて開催された。当日は、首都圏にて苦闘する諸労組、様々な現場で働く労働者、社会運動の仲間たち150人余が結集し盛会となった。
何よりも、本書の共著者であり、06年3月8日に釈放されるまで420日(1年2ヶ月)の不当な長期拘留にあった連帯労組関西生コン支部委員長武建一さんが、首都の大衆的シンポに初めて登場し生々しく語った「関生の闘いと魂」は、参加者に深い感動と衝撃を与えた。7・8出版会は、国家権力の国策弾圧下にある関生運動が「箱根越え」し、首都東京で「関生モデルの日本労働者運動の再生への提言」の狼煙を挙げ、困難にめげず闘う首都の労働者運動との結合の1歩を画したといえる。●記念講演
「よみがえれ! 日本の労働組合 許すな! 関生への国策弾圧」と名打たれた7・8出版記念東京シンポジウムは、2部構成で開かれた。ほぼ満席となった第一部の記念講演とシンポジウムは、武洋一氏の司会のもとに長谷川武久連帯労組中央執行委員長の開会挨拶で始まり、昭和女子大教授の木下武男さんが記念講演を行った。
長谷川委員長は、「05年1月に始まった関西生コン支部への不当な権力弾圧は、組合の役員を長期に拘留し、50数カ所を超える組合事務所・家庭への不当捜査を行った。公判中だが弾圧は今なお終わっておらず、スキあれば第4、第5の弾圧をかけようとしている。これは国策による不当弾圧だ」「まともな労働運動を抹殺しようとする権力にたいして、国策捜査と公正な裁判を求める署名運動を全国に広げながら、今秋にもILOの結社の自由委員会への提訴と倒産に苦しむ中小企業と労組の協同組合化による産業政策闘争を展開し、新たな労働運動を発展させてゆきたい」と挨拶した。
木下武男さんの「二極化社会の到来と関西生コン運動」と題した講演は、資料を駆使してグローバリゼイションのなかの現代日本社会の変化の構造的特徴を格差社会から二極化社会の到来と分析し、「今後の労働運動の再生には、関西生コン支部が行ってきたような企業別労働組合の克服と集団的団体交渉機構の確立をもってする個人加盟ユニオンを創造・発展させることが必要だ。関生型は、日本では珍しいが本来の労働組合のあり方であり、その意味でヨーロピアンモデルといえる。また戦後の政党と労働組合の癒着した「指令・動員の中央集権型運動」を清算・克服して、自発的結社の組み込みが必要であり、先進的ユニオニストとして、「産業と労働のあり方を問う」新しい社会運動を追及してほしい」と提起された。
●武建一さんの特別報告と各氏の発言
続いて1年2カ月もの不当な拘留にあった武建一氏が「生コン支部弾圧と関生運動の理念・魂」と題して、その闘いの人生、関生運動の特徴と魂について報告し、その最後には、今後について「志を高く持った者の組織化と大衆運動の結合は労働運動再生になる。」「それをより発展させるものとして、政治・思想団体として『関生コミュニスト同志会』をつくり、『労働者宣言』を発した」と提起を行った。(別稿5頁参照)
その後、酒井直昭鉄建公団訴訟団団長、共著者の脇田憲一さんの挨拶、御知合二郎全日本農民組合連合書記長と太田武二命どう宝ネットワークからの関生運動への発言が続いた。最後に、関西生コン支部からの「関西生コン支部への国策弾圧への署名などへの取り組みの提起を受けて1部は終了した。
●第2部パーテイも楽しく
第二部は、吉岡滋子さんの司会で、針生一郎日本アジア・アフリカ・ラテンアメリカ美術家会議代表・丸木美術館館長の開会と乾杯、「康明洙氏とアンデミ・ノルムセ」のチャンゴが演奏され、パーテイのみに保坂展人衆議院議員代理をはじめ多士も駆けつけ、岸本町雄東京東部労組委員長、足立昌男関東学院大教授、大野和興脱WTO草の根キャン
ペーン事務局長、レイバーネットの松原さん、増田都子さんなどの多彩な「関生支部を激励」する心のこもった挨拶が続き、楽しいパーテイーとなった。
全国5箇所の地域で主催を異にしてリレーされてきた出版記念会もこの東京で一区切りとなる。すでに先行して開催した地域では、「関生モデルの労働運動再生」への新たな挑戦が模索されはじめていると聞く。ここ首都においても、困難だからこそやりがいあるものと気概をもって、新たな挑戦への一歩を踏み出そう! (報告―木田耕介)
編集部からのお願い―
●前号に同封しました「関西生コン支部」署名活動への取り組みを重ねてお願いします。署名用紙は、未来事務所へか、表記の連帯労組へ送付ください。
編集部から
この特別報告は、7・8出版記念東京シンポにおいて、「生コン支部弾圧と関生運動の理念・魂」と題してなされたものである。「日本の労働運動再生のために、関生運動から何を学ぶか」それは、全国5カ所の出版記念会を契機に、今始まったばかりの重要な課題である。
こうした問題意識に立ちながらも、今回の出版記念シンポジウムに、事情あって足を運ぶことのできなかった皆様に、そして出版会の開催されていない地域の読者の皆様に、ここに武建一さんの報告の概要を2―3回に分けて掲載します。
なお、お話の概要のまとめ、タイトルと中見出し付けなど、全ては未来編集部の責任編集であることを、お断りしておきます。
労働運動に参加し、人権侵害、権力弾圧と闘って42年
どうもこんにちは、武です。今日はこのような出版記念シンポジウムに、たくさんのみなさんにお越しいただきまして、ありがとうございます。
私は、労働運動に参加して42年の歴史を刻んでおります。その間、4年間解雇され全面復帰するとか、あるいはまた、警察による弾圧で今回3回逮捕されましたが、その前に3回やられておりますので、実に6回起訴されたことになります。
その内1回だけは在宅起訴ということで、逮捕を免れました。1973年、まだ労働運動がしっかりしていたということでしょう。罪名は「拉致監禁罪」という、まるでやくざが捕まったのかと思わせるような事件だった。このときは不当労働行為をはたらいている社長のところに押しかけて行って応接間で5時間以上交渉しましたから、相手からするとこれは監禁になるでしょう。ですが、その当時は逮捕されずに在宅起訴、10年の裁判闘争で無罪が確定したのです。この無罪の確定は大阪高等裁判所ですが、「(組合側に)多分に違法性はあった。しかしながら、あまりにも相手がひどい。『不当労働行為のデパート』と呼ばれるようなことをやっているような会社だ。だからおまえたちは無罪だ」と。こういう論理で、完全無罪を獲得しました。
その次には、1980年、1982年と、たて続けでやられました。この逮捕・起訴の場合は、80年の時は「恐喝、同未遂」、それから82年は「名誉毀損、強要」ということでやられました。本来ならば、これは完全に無罪だろうと思いました。なぜならば、労使関係によって協定が成立していて、それによって解決金を支払った。こういうことですから、恐喝などしておりません。それからもう一つは、社長が暴力団と結びついて我が労働組合を潰しにかかったのです。我々はその雇われ社長を退陣させるためにストライキをやった。並じゃない、そのために40日間ストライキをやったのです。我々は「組合潰しをやめよ」という宣伝をした。それが名誉毀損と言われたのです。だから、とてもこれが罪になるはずがないと思っておりましたが、残念ながら2件とも最高裁までいきまして、刑が確定いたしました。2件とも執行猶予が最高3年まで付きました。だから、労働運動で前科2犯持っております。今回の件で、もし刑が確定すれば4犯の前科になると思います。
それから、実はやくざに5回ほど殺されかけました。残念ながら私の仲間は2人殺されました。
それは、1973年に1人。植月一則君という副分会長が会社の雇った暴力団に拉致されて、そして殺されました。組合潰しに、この副分会長は応じなかった。そしてついに殺されてしまいました。もうひとつは、1982年。これは、高田建設という今でも兵庫県の加古川の方にある会社で起こったものです。これは出勤途中、我が組合の野村分会書記長が、会社の雇ったチンピラに頚動脈を切られて殺されるという不幸な事件です。このように不幸な事件が2件ありました。
私は幸い、殺される直前までいきましたけれども、こうして今でも生きているわけです。私はたまたま運が良かったのです。私が最初に拉致監禁されて、殺される直前までいった時には、後で分かったことですが、2mほど穴を掘って待っている人もいたそうです。それで、16時間も拉致監禁されてなぜ助かったかというと、たまたま親分が私と同じ徳之島出身であったからです。親分が「徳之島の人間は殺すな」と言った。頼んだ相手の会社は失敗だったでしょうが、私にとっては非常に幸いでした。最近で言えば1995年に2回、殺されかけまして、いずれもそれはこれから申し上げるような運動に対する、会社側の雇った者による仕業です。
ですから、私の42年間の歴史というのは、人権侵害と闘う、権力弾圧と闘う、こういう人生であると言っても過言ではないのです。
今回の権力弾圧
そこで、本件(今回の一連の権力弾圧事件)ですが、先ほど長谷川委員長の話にありましたような状況です。特に、関生に対する攻撃というのは、最近東京でも起きました、ビラをポストに入れただけで弾圧される、そしてJRの労働組合でも仲間内のいろいろなもめごとを理由にして長期に勾留する、こういうことが頻繁に続いております。今の政治の反動と司法の反動というのは一体化していると思うのですが、本件はそういった権力側の民主主義に対する攻撃、その一連の攻撃の中に起きている問題だという位置付けをしております。
もう一つは、関生型運動、その産業別労働運動そのものが、先ほど木下先生からお話がありましたように、だめになった労働運動の活性化につながっていくということを敵は非常に恐れているのではないかと思います。ですから、関生型産業別労働運動というものが労働運動再生の中心になっていけるようにしていくことが、この弾圧をはねのけていく大きな力になっていくのではないかと考えております。
関生支部40年の闘い
この資本と権力による攻撃に対して、関生支部ができて40年、私が運動に参加して42年ですが。この40年間の関生支部の運動というのは、少数の支配者の行う常套手段、すなわち「分断」と「差別」と「競争」をさせていくという、そういう「分断」と「差別」と「競争」に対する闘いが、生コン支部の40年間の歴史の中に貫かれている基本です。ですから、これからお話しする運動論などに関しても、そういう観点がずっと貫かれているということであります。
現在のところ、「関生」と聞きますと、どうも関生というのは「特殊」であると言われます。特殊だという見方は、労働条件とか賃金が同じ生コン業界でも随分高い、それから職場に非常に自由がある、そして、従来の日本的な労働運動と違うことをいろいろやっていると、これが特殊だと見られてしまうケースです。
特殊だというのは、そこまでのレベルを期待している人がそう言っている場合もありますが、のっけから「労働運動は企業別のものなのだ」と思っている人がそう言うケースもあります。
しかしもう一方では、残念ながら権力・資本が作り上げた現状を肯定して、そしてその現状から見ると関生は特殊だと見られるケースがあります。それは、関生支部自身が全国に向けてもっと関生の運動の実態を客観的に紹介する機会が少なかった、そういう努力をしていなかったということに原因しているのではないかと思います。そういう意味では、先ほど司会者の話にありましたように、この機会に全国のあちこちでお話をすることによって、できたら関生型運動を参考にしてもらえたらなと、そういう思いで今取り組んでいるところです。
さて、私は今日の話を、運動形態論と組織形態論、理論・思想形態論というように、3つの点に要約・整理して話を進めます。
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大野和興(ジャーナリスト、脱WTO草の根キャンペーン) |
●グッドニュースか
バッドニュースか
WEO(世界貿易機関)が進めているドーハ・ラウンドという名の多国間貿易交渉が糞詰まり状況に陥っている。メディアはこの事態を「無期限凍結」(朝日新聞06年7月26日号社説)と強い表現で伝えた。同日、朝日新聞は別面に長文の解説記事を掲げ、「WTO交渉決裂」という刺激的な見出しとともに、次のように述べた。
「発展途上国も含めた貿易拡大を通じて世界経済の底上げを目指した今回ラウンドの決裂は、世界に根強く残る保護主義を勢いづかせ、富める国と貧しい国の格差拡大もつながるのは確実だ」
これは政府、経済界、メディア、つまり今の世界の主流の共通した見解である。彼らはこぞって、「WTOの生き返らせろ!」と金切り声を上げている。
こうした見解は社会運動側の見方と相対立する。アジアにおけるグローバリゼーション対抗運動のシンクタンク的役割を受け持っているNGO、フォーカス・オン・ザ・グローバル・サウスは、このニュースを聞くやいなや「これは途上国にとってグッドニュースだ」という談話を発表した。私たち、日本におけるグローバリゼーション対抗運動のネットワーク組織「脱WTO草の根キャンペーン」も同じ見解に立っている。
●WTO死に体への過程
WTOが進める自由貿易の
拡大が格差拡大をまねいていることについては、いまさらここで検証する必要はないだろう。ドーハ・ラウンドの凍結自体がそのことを示している。マスコミは米国が農業補助金の削減を拒んだことが原因、といった報道をしているが、それは表面的なことの過ぎない。1999年にシアトルで、世界の市民の反乱と途上国の抵抗にあってWTO閣僚会議が流会になって以来、実はWTOは死に体への道を歩み続けていたのである。
2001年、民衆を徹底的に排除して開かれたドーハ閣僚会議で、「これから始まる交渉は途上国が貿易を通して発展するためのものである」という名目を掲げ、かろうじて新ラウンドを開始できることになった。ドーハ・ラウンドを「開発ラウンド」と呼ぶのは、このためである。だが、2年後の2003年、中間の成果を取りまとめるために開かれたメキシコ・カンクンでの閣僚会議でも、民衆と途上国の抵抗にあって、なんの取りまとめも出来ずに流れ解散になった。
そして昨年12月の香港。韓国農民を中心に世界中から集まった民衆1000人を香港警察留置場に一晩留め置いた末に、なんとか「2006年末に合意を得る」という合意を得て散会した。そのあげくが、今回の「凍結」あるいは「決裂」である。インドの女性民衆科学者で反グローバリゼーション運動の旗手であるヴァンダナ・シヴァは今回の事態についてのインド商工相マル・ナートの「WTOは病院の集中治療室と火葬場の中間にある」という言葉を紹介している。
●アジア民衆運動とともに
同時にシヴァは次のようにもいう。「WTOは生命維持装置の上にいるかもしれないが、『自由貿易』は生きており、活気にあふれている」
では自由貿易はどこで元気よく生きているのか。多国間交渉は頓挫したが二国間、あるいは地域内のFTA(自由貿易協定)・EPA(経済連
携協定)がそれに代わるものとして、改めて脚光を浴びている。アジアのNGOフォーカスもまた、先述の談話の中でそのことに触れ、大奥の途上国にとって、FTA/EPAはWTO以上に危険な存在であり、特に投資、知的所有権、サービス貿易の分野で途上国は交渉相手の先進国から一方的な侵害を受ける可能性があると指摘している。
私たちもまたそのことに気づいている。日本政府と経済団体はアジア各国やASEANとのFTA/EPA交渉に拍車をかけている。その背後には、中国の経済大国化とアジアへの経済進出への対抗心が露骨にある。その先に彼らが見据えているのは日米連携で主導する東アジア共同体である。
脱WTO草の根キャンペーンは資本のこうした動きに対抗する民衆運動のアジアレベルでの連携を模索。6月17日には韓国、タイ、フィリピンの活動家を招き、「大企業と大国によるアジア統合に異議あり! =人々のアジアを足元でつくるシンポジウム=」を東京で開催した。招聘した3人は、それぞれの国で反グローバリゼーション運動のネットワーク組織に所属、WTO/FTAへの反対運動を繰り広げている人たちである。
このシンポを通して私たちは、日本を含む四つの国のグローバリゼーション対抗民衆運動の連携を強めることに合意した。その第一弾として、7月26日には外務省に対し、日本・フィリピンEPA交渉に関する申し入れと交渉を行った。
WTOが現段階で頓挫したことは、世界の民衆運動のたたかいの成果であると、私たちは考えている。この成果を踏み台に、FTA/EPAに向けてのたたかいをアジア民衆運動との連携の下に進めたいと考えているところである。
東京都千代田区立の中学校に勤務していた増田都子教諭は、昨年、日本の戦争責任などについて生徒の意見をまとめたプリントをもとに行っていた授業が理由で「研修センター」に送られ、今年三月、「分限免職」にされた。増田さんは、この不当な処分取り消しを求めて、現在闘争中である。
―それは、去年のノ・ムヒョン大統領の3・1演説を授業の教材として取り上げ、生徒達に手紙を書かせ、私も手紙を書き、それをまた、教材にして授業をしたことが原因でした。
私がなぜ、ノ・ムヒョン大統領の3・1演説を授業の教材にしたかと言いますと、ちょうど、歴史の授業で「日本の侵略と植民地支配」についての学習を終え、「戦争責任」を考えさせていた時だったのでタイミングが良かったからです。
特に私は、大統領演説の中にあった「法的、政治的関係の進展だけでは両国の未来を保障することはできないでしょう。もしそうであるならば、やるべきことをすべてやったと言うことはできません。それ以上の実質的な和解と協力の努力が必要であります。真実と誠意を持って、両国の国民間を塞いでいる心の障壁を崩し真の隣人として生まれかわらなければなりません。」というところに感銘を受け、たいへん貴重な問題提起だと思いました。――(釜山市民団体協議会の招請で行った折の講演録より)
こうした増田さんの、日本の平和憲法の下、過去の侵略の歴史への反省や、平和と民主主義の大切さを教える「学習指導法」が、「不適切」「教員の適格性に欠く」とされて、免職になったのである。
わたしたちは、この問題をできるだけ大勢の人達に知らせ、歴史の真実を教えようとした増田さんへの『解雇』の不当性を訴え、ともに闘っていきたい。 (青山)
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