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第10号 |
2003/6/20 |
イラクへの自衛隊派兵に反対!
「イラク新法」を廃案に!
兵士とともに反戦をー「米兵・自衛官人権
ホットライン」開設さる!
イラクには「大量破壊兵器」はなかった。米英占領軍の懸命の捜索にもかかわらず。それどころかブッシュ・ブレア両政権がその「存在と脅威の証拠」としたものは、じつは両政権中枢による米CIA、英M16等国家的情報機関への圧力の中での情報操作とデッチ挙げであったことが、日々「疑惑」として明らかになっている。
このようにブッシュのイラク戦争の「大義」が足元から崩れつつある中で、小泉政権は、有事3法を強行し、いまだ「戦争状態」にある米英軍事占領下のイラクへ、自衛隊を派兵しようとしている。国連憲章に違反したイラク戦争がブッシュらの「うそ」で固められたものであるなら、それを根拠にした小泉政権の「対米支持」も、その延長線上にある「有事法制の緊急性」も、自衛隊派兵の「イラク復興支援特別措置法案」も、その全てが根拠を失う。まず対米公約ありき、自衛隊の出兵ありき。なりふり構わぬこのやり方に、小泉らの自衛隊派兵の意図が透けて見える。ただただブッシュの石油や中東支配のための侵略と政権転覆、民衆殺戮と軍事支配の「後方支援」に,日の丸を掲げて忠勤に励み、いわば「死肉を貪る禿げたか」よろしくその分け前に預かろうという意図が。
イラクはイラク民衆のもの。その自己決定・自立・自治のためにも、一日も早く米英占領軍が、イラクから出て行くことである。
小泉政権は、自衛隊員が銃口をイラク民衆に向け、殺し・殺される前に、一連の「法」制定の「根拠と前提」の破綻を正直に認め、自己批判し、それらを撤回・廃案にし、自らの暴挙を恥じて退陣すべきである。
闘いは、イラク反戦から反有事法制へ、さらに自衛隊派兵反対へと、3段飛びにも似た新たな段階のせめぎ合いに入った。イラク戦争は終わってはいない。従ってイラク反戦の闘いも、有事法制との闘いも終わってはいない。新しい段階とは、憲法に禁じる「戦場」に軍隊が出て行き、戦後初めて「軍隊が他国の民衆を殺し、軍隊から戦死者をだす」時代の扉を、開けてしまうのかどうかの、よりリアルな問題として問われ、反戦が反軍でもある闘いの今日的拮抗水準を意味している。その意味で、ここが正念場である。
現在、わたしたちの身近な市民の側に、いささかの疲れと無力感、諦めが生まれている。その根底にあるのは、アメリカと安保によって「9条」が絞殺されかかり、敗戦から58年で再び戦争体制への国民総動員を目的とする有事法制が、わたしたちを拘束する現実への絶望感といってよい。もっと深いところでは、これから何を価値として生きていくのか、どう抵抗していくのか、金融危機の中の生活苦や「翼賛国会」の惨憺たる現状とあわせ、市民の側からの生活世界に根ざした生きるに値する理念、「生政治」や抵抗運動への展望喪失の問題があるように、わたしたちには思える。しかし、「お上」が民衆を「法」で強制しなければならなくなっているのは、向こうの危機の表現でもあることを忘れてはならない。世界の史上空前の1千万余の普通の市民の反戦闘争が、ブッシュの「帝国」を包囲し、「もう一つの世界」の可能性を追求している。わたしたちは、光を放つこれらの世界市民の一員である。希望をもって、生活世界から「悪法は法にあらず」としなやかに言い切り、「不服従と良心的軍務拒否」の知恵を持ち寄って、抵抗していくときではないだろうか。 (生田あい)