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第7号 |
2003/4/23 |
「ゲームは終わった」反戦・非核・反安保・沖縄・反軍運動を
イラクの首都バクダッドは陥落した。「ゲームは終わった」(イラク国連大使)。
いかにも、世界中が一瞬にして知ったように、インターネット時代の「戦争ゲーム」は、米英軍の先制攻撃開始後三週間にして終わったのである。圧倒的なハイテク軍事力・情報力の優位・独占のもと、大規模破壊兵器をほしいままに武力行使した、無法・非道な「ブッシュの戦争」の“短期勝利”として。
やらせであれ、サダムシティでフセイン大統領の巨大な黒い銅像が首に縄をかけられて引き倒される光景を、私たちはスクリーン上で目撃した。イラクの国家象徴は打ち砕かれた。フセイン首都政権は瓦解した。
これが、ドル・核世界帝国VS中東・イラクの「非相称的な」現代戦争として戦われた「ブッシュのイラク戦争」のさしあたりの決算である。国際的孤立のなか、ユニラテラル(単独行動)な先制的な侵略を敢えて冒した戦争犯罪人どもは、彼らの“衝撃と恐怖の作戦”の思惑通り、緒戦の軍事的・政治的勝利を手中に収めた。
私たちは負け惜しみを言い立てる必要は全くない。これは一つの画期である。否定的画期であるにせよ。事態は、三・二0以後から四・一0以後へとますます急ピッチに米軍政下の過渡局面へと転移してゆく。国際反戦デーの世界いたることろのデモのスローガンは、早くも反占領を反戦に結合している。私たちも、史上空前に持続的に高まり続けている全世界の反戦・反米運動の大波濤に伍して、私たち自身の反戦・非核・反安保・沖縄・反軍運動を強化発展させる主体的能動性を倍加させなければならない。
次はイラク戦争の一層の泥沼化・深刻であり、その渦中でのパレスチナ、シリア、イラン、そして北朝鮮へ向けての「帝国の野望」の発動の危険性である。ドル・核帝国の中東に対するいわゆる「民主化ドミノ」が企まれている。それだけに、私たちの反戦運動の急ピッチな大衆的拡大は、この画期を踏まえてのますます差し迫った急務となっている。
「歴史的な瞬間だ」(ブッシュ)。「恐怖、抑圧の時代は終わりに近づいた」(ブレア)。「戦後復興は日本の出番」(小泉)。緒戦の勝利に酔い痴れた、“悪の枢軸”の三悪人は、ほざきたいだけほざけばよい。彼らは間もなく、真実のイラク戦争が無慈悲な時代の真理を開顕してくる相貌に、直面させられることになるだろう。それはいずれにせよ、彼ら自身の“リヴァイアタン”的怪物国家が、「二一世紀型戦争」と「二一世紀型恐慌」の発現の中で、のたうち始める姿なのだ。その醜悪きわまる己が姿を歴史の鏡に映して、タラリタラタラと脂汗を垂らしてみるがよい。
米英軍は“ネオ・コン”のジェイ・ガーナー米軍退役中将を室長とするORHA(イラク復興人道支援室)を、クウェートからイラク南部の港湾都市ウムカスルへと進出させた。米国防総省(ラムズフェルド国防長官)主導の軍政を現地イラクで布く米中央軍(フランクス司令官)に直属している“民生部門”ORHAのガーナー室長は、イスラエルを秘密訪問してシオニスト政府と密談を遂げた後、ウムカスルの新拠点に着任し、すでに南部イラクのイラク国民会議INCアフメド・チャラビをはじめとする反体制諸派の指導者らと接触・協議を開始し、北部のクルド人諸派の活動とも呼応して、フセイン政権後の新政府樹立へ向けた移行組織=イラク暫定統治機構IIAなるものの早期設立をめざす活動に入っている。
四月一五日、ナーシリアでORHA主催の反体制諸派の初会合が開かれたが、最大のシーア派組織=イラク・イスラーム革命最高評議会SCIRI(ムハンマド・ハキーム議長)は会合そのものをボイコットした。ナーシリアの中心では「チャラビはノー!、INCもノー!」と叫ぶイラク人二万人のデモ行進が行われた。首都バクダッドのパレスチナホテルの前では三日間連続の抗議行動が起きており、北部最大の都市モスルでは抗議する市民に対して米軍が発砲し十数名の死者が出た。暫定統治機構急造への道のりは遠い。
首都制圧に際して、結局のところ住民の暴動も蜂起も内乱も起きなかった「勝利」のツケを、軍政当局は一日も早く払わなければならない。現在、首都を制圧しているのは、略奪、放火、暴行、殺傷、停電、暗黒、混迷、治安悪化、水不足、医療品欠乏の無政府状態である。
米軍政・占領としては、なによりもかによりも四・一0以後においてORHAを主軸にイラク暫定統治機構を早期に起ち上げ、首都新政権樹立へと漕ぎつけないことには、まだまだ「勝利宣言」一つ出すことができる状況にはないのだ。
事実上、残存フセイン政権(地下政府としてであれ、ティクリート拠点政権としてであれ、シリア亡命政権としてであれ)と、米占領・軍政下でのイラク統治新政権の樹立との、一種の二重権力状態を創出しようというブッシュ側の政治的思惑は、アフガン戦争勝利によるカブールのカルザイ大統領政権樹立以上に難渋をきわめることになろう。
カルザイ治下のアフガンの今日的実態が米国の復興資金援助に依存してわずかに辛うじて首都カブールを実効支配するにすぎず、山国の全土が諸部族社会と隣接諸国の利害の交錯輻輳のままに軍閥混在、混戦の渦中にあり、いまだ捕捉されていないオマール師の率いる旧タリバーン勢力が復活してきつつさえある実状は、今日では次第に明るみに出てきている通りである。
疑いもなく、イラク「戦後占領・民主化・復興」なる帝国的構想の前途は、たとえ首都新政権擁立による合法的外皮にこぎつけたとしても、全土戦局の地下戦化、ゲリラ戦化、長期泥沼化にかててくわえて、中東的・世界的な反戦・反米大衆行動の逆包囲にさらされ続ける中で、アフガン「戦後」以上に格段の政治的困難に見舞われることになろう。帝国的侵略者は、アフガン戦後の後始末もまだついていない上に、これで「イラク戦後」の難題をも加重されて背負いこむこととなった。
アル・カイダのオサマ・ビン・ラーディン、タリバーンのオマール師の所在すらも捕捉できていない「勝利宣言」後的事態に加えて、イラク独裁国家体制のサダム・フセイン大統領の所在も捕捉できていない“珍情況”が現在発生している。米中央軍司令官はフセイン政権の全閣僚・指導部五五名の指名手配写真を配付中だ!
銅像の倒壊のごときは象徴政治的出来事であって、それをもってこれからいよいよ本格的に展開される「新しい戦争」としての深刻・惨烈な全貌を覆いつくすようなことは到底できっこない。戦局自体だけに即して見ても、共和国防衛隊、サダム殉教者軍団は、一体どこに消えてしまったのか? もちろんのこと、地下にもぐり、民衆に身をやつし、地方化し、一部は投降し寝返ってしまったのである。そこから従来の正規軍VS正規軍の正面決戦を中心とする正規な主権国家間戦争とは異質な、「新しい戦争」の特質である不正規兵による破格で曖昧(多義的)なゲリラ戦、自爆戦、情報戦、その他の「低強度戦争(ロー・インテンシティ・ウォーフェア)の実相が開顕してくる。そしてそれが「人類の敵」の文明的蛮行=ハイテク先制戦争テロに対するイラク民衆の民族的・社会的抵抗の軍事的核心になってゆくのだ。過渡局面の根本主題はすでに、「外から・上からの民主化(軍政)」VS「下からの・内からの自立・民主化」とのつばぜりあいの抗争へと転移しつつあるのだ。首都バクダッド陥落の“捷報”の世界市場的反応は、株安・ドル安、原油高、不況悪化である。戦争の最大問題である戦費の増大は、容赦なくこうした経済的困難を破局へと押しやってゆくことにならざるをえない。二一世紀初頭のこのダイナミックな世界的動態は、イラク戦争を直発契機として疑いもなくパクス・アメリカーナ秩序の終わりの始まりを孕みながら、「二一世紀型戦争」と「二一世紀型恐慌」との全球的な重合・合流へと向かいつつある。ブッシュ=ブレア=小泉の側がイラク先制大規模攻撃開始に当たって掲げた「レジーム・チェンジ(政府転覆・体制転換)」に対して、私たちの側が現代資本主義世界システムの「レジーム・チェンジ」を掲げて反転大攻勢へと転ずべき千載一隅の好機の到来である。(M)