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2002/9/22

 

日朝首脳会談、「ピョンヤン宣言」
     −私はこう考える−

尾形 憲

 まったくの予想外、びっくり仰天だった。 だって、これまでの日本の主張は何よりも拉致問題の解決、北朝鮮の方は過去の戦争の謝罪と補償、正面からぶつかったままだったのである。噛み合うはずがない。 それが北朝鮮の思いもかけない譲歩になった。「拉致」という言葉も使って事実を認め、公式に謝罪もした。面子を重んじる国なのに、それもかなぐり捨てである。核査察、テポドンの発射凍結、不審船の防止など、すべての日本の要求をそのまま受け入れた。
 これは、日本の経済協力をどうしても必要とする北朝鮮側の経済事情が背景にあるのではなかろうかと思われる。 何はともあれ、日朝国交正常化の交渉が10月には再開という。「近くて遠い国」を近づける第一歩となったことは間違いない。 だが、テレビの報道でも新聞でも、腹が立ったのは「八人死亡、五人生存」と、拉致問題だけデカデカと取り上げていることである。過去の植民地支配の中で、朝鮮から強制連行された人々は80〜90万人とも、200万人とも言われる。「慰安婦」の名の性奴隷、捕虜収容所で虐待の罪に問われ、B、C級戦犯として死刑となった人々、強制連行されて強制労働させられた上、広島、長崎で被爆した人たちなど、こうした人たちの声は今日ほとんどマスコミに登場しない。
 これらをすべて無視して、拉致し、死亡させた無法国家と国交回復などとんでもないという声が、自民党だけでなく、最大野党の民主党にも幅をきかす始末である。 もちろん拉致された人々がどのようにして拉致され、どのように生活し、死んだのか、あるいは今日に及んだのか、などということは明らかにされねばならない。だが、朝鮮から強制連行された何十万、何百万の人たちについて、そうしたことが一体どれだけなされただろうか。
 懸念されるのは、今後の日本の「経済協力」が、「日韓会談」方式で国家間ので済んでしまい、一人ひとりの庶民の犠牲がそれで帳消しにされてしまうのではないかということである。アメリカも開戦後強制収容した日本人に対しキチンとした補償をしたし、ドイツもユダヤ人に対し同様なことをした。そうした戦後処理をしていないのは日本だけである。
 1995年に私は若者たちが主催するピースボートで南太平洋を廻った。そのとき、13歳で強制連行され、パラオで昼は病院で見習い看護婦、夜は近くの慰安所で慰安婦をさせられた女性と同行した。「いくらなんでも若すぎる」。月のものもまだない彼女に将校たちは言ったという。その中の一人は彼女を性奴隷としてでなく、ほんとうの人間として扱ってくれたが、彼は敗戦とともに自決してしまった。彼をそこへ追い込んだのは天皇だ。「ヒロヒトが憎い」彼女は絶叫した。死んだところへ行って、彼が好きだった酒を注いでやりたいと言っていた。 こうした人たちのことは、「拉致」への非難の大合唱のなかで、完全に無視されてしまっている。
 小泉首相の靖国参拝、違憲の自衛隊派兵などは、絶対許せないが、今回の日朝国交正常化の第一歩は評価してよい。南北朝鮮を結ぶ鉄道も着工されたし、今年12月の韓国大統領選でも「太陽政策」に追い風となった。 「特殊部隊」が拉致や不審船事件を起こしたとて、国家の責任は免れられるわけではない。だが、過去の「満州事変」を引き起こした関東軍や、南京虐殺の中支派遣軍を見ても、軍隊というものは、上部の意志を無視して独断暴走するものである。自民党には「自衛隊は暴走するぐらいでちょうどいい」という声もある。現にテロ特措法にさえ背いて自衛艦は「戦闘地域」で行動までしている。「シビリアン・コントロール」!そんなものは通用しないのが軍隊というものだということを、私たちはあらためて銘記すべきである。