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第8号 |
2002/6/5 |
「小泉有事法内閣」打倒の闘いは、主体の根本問題を問う
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「小泉有事法内閣」打倒の闘いは、その先に、私たちはどのような日本、どのような社会、どのような政治を望み、構想し、それを実行し、実現するのか・・・という、主体の根本問題を問うて止まない
5月24日「ストップ!有事法制5・24大集会」(東京・明治公園)に、「有事法制」を何としても阻止しなければ、という思いの労働者市民4万人が結集した。
そしてこの間、東京でも国会でも、規模の大小はあれ、同様の集会やデモ等が、連続的に行動されている。
だがそれは、一方で"阻止""打倒"を叫ぶには、まだまだ少人数であり、いつも同じような人たちしか集まらないような"金太郎アメ"状況であることも否めない。
「戦争を許すな」というのは、美しいようで、実は倫理道徳の説教ではないのか?「護憲、護憲」を叫びながら、このような事態までズルズルと来てしまったという紛れもない現実を、戦後平和運動や護憲運動は、どのように説明し、勝利への展望を指し示しうると言えるのか。
本当に大多数の労働者人民が本気で起ち上がるというところまで、戦略も展望もなければ、またそのような"私たち自身の未来社会へ向けた真にラジカルな主体も構想"もなければ、とても大多数の民衆の魂を揺さぶるようなことにはならないだろう。
「小泉有事法内閣」と、全面対決し、勝利していく方途とは、実はそのような根底的、根源的なところまで、私たちの"未来構想"の対置、対決ができるのか、否かをも鋭く問うているのだ。単に「反対」とか「許すな」とか叫ぶだけの時代は、もうとっくに終っている。
(青)