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2001/10/23

 

くたばれ!報復戦争

弱肉強食の世界にくすぶる憤懣のなかから

針生 一郎  

突入の映像「ほとんど芸術的」

 いわゆる「同時多発テロ」の与えた衝撃は何だったのかを、もう一度振り返ってみたい。九月十一日、くりかえし放映された世界貿易センターのツイン・ビルへの二機体当たり突入の映像を、「ほとんど芸術的」と感じ、明らかにそれ以前に制作された映像やオブジェの多い横浜トリエンナーレや大阪トリエンナーレをみても、あの映像にどこまで対抗できるか、いや、ああいう事件がおこる今日の現実にどこまで迫りえたか、考えてしまうという美術関係者は多い。

 一見ノンポリの的外れとみえて、これらの意見は「同時多発テロ」の画期的な新しさを敏感にとらえている。つまり、武器を国外からもちこまず、日常の交通手段である旅客機をハイジャックして建物に体当たりする自爆行為によって、彼らは戦争と平和な日常、ゲリラと正規軍、国内と国際、文明と未開、さらに大国の軍事・政治・経済的壁を一挙に解消する状況をつくりだした。
 それは、多くの一般市民をまきぞえの犠牲者とするする点で肯定はできないが、アメリカが世界の警察国家であるかのように、どこへでも出兵して一極軍事支配をつよめながら、「グローバリゼイション」の名で弱肉強食の市場経済至上主義を世界中に押しつけている現在、いたるところにくすぶっっている憤懣のなかから、必然的に案出された戦術にちがいない。

 ところが、アメリカのブッシュ政権はこのようなテロの原因や背景、またそれがもたらした新しい状況にはまったく眼をとざし、「これはもう戦争だ、すぐ報復=戦争をはじめるしかない」「犯人も犯人をかくまう勢力も同罪」と、あくまで国家単位の古典的戦争概念だけで対応しながら、「テロを容認するか、報復戦争を支持するか」という、偏狭な二者択一を踏み絵のように諸国家につきつけた上で、犯人グループとその所在について確認もないまま、米英共同軍のアフガニスタン全面攻撃に突入したのである。
 むろん、ソ連軍侵攻十年で荒廃して世界最貧国といわれるアフガンに、ミサイルや最新爆弾で二週間も空爆撃し、同時多発テロを上まわる死傷者と難民を造出するこの戦争は、「正義のたたかい」どころか大義名文のない増上慢のいくさで、たとえタリバン支配を打倒してアメリカ好みのより腐敗した政権をでっちあげても、イスラム民衆の国境をこえた、「ジハード(聖戦)」はつづくから泥沼化するほかない。
 一方、報復戦争に加担ないし支援を約束した国々では、臨戦体制下にミスター・ビーンこと英国の喜劇俳優アトキンソンも抗議したように、宗教や政治を茶化し、諷刺する自由を大幅に制限されながら、炭疽菌その他報復戦争への報復の脅威にたえずさらされることになる。こういう世界的な危機をつくりだしたのは、テロよりもブッシュ政権の誤った戦争政策にほかならない。

 したがって、小泉首相がそういうブッシュの戦争政策に即座に賛成し、頼まれもしないのにワシントン詣でをして七項目の支援・協力を申し出た上、憲法や周辺事態法との矛盾すら未解決のままテロ対策特別法を強行しようとするのは、愚の骨頂というよりも許しがたい。アラブ諸国と日本は今まで一応友好国関係を保ってきた以上、本来なら首相はワシントン詣での前にアラブ諸国をまわり、外交的手段で戦争回避のため、アメリカとの折衝を仲介する役割が求められていたのに、そんな課題にはみむきもしなかった。むしろ、就任数カ月後も「構造改革」の公約が何ひとつ実現しないため、小泉は絶好のカムフラージュとしてこの事態にとびつき、どさくさ紛れに海外派兵の実績だけつくって、憲法第九条改悪の布石とする魂胆らしい。
 これほど、万事に深い考えがあるわけでなく、これほどタカ派的というよりファッショ的体質だけ露出している小泉が、世論調査ではなお八〇%の支持率があるとは、とうてい理解できない。ただ、野党が実質上ないにひとしい現状では、このずさんな悪法を阻止することも、小泉首相を退陣に追い込むこともすぐにはできない。だからわたしたちは市民運動の集会・デモ・メディアで、抗議の声をつらね、その輪をひろげてゆくしかない。
 わたしはまた最近、「なぜわたしたちを攻めに来ようとするの/幾たびも“文明国”の軍隊に荒らされ/ずたずたになったわたしたちのところへ」にはじまる、石川逸子の詩のはがきを受けとって、新聞・雑誌・テレビ・ラジオのあらゆる報道・解説をこえた、直截な真実にふれる気がした。わたしは当面、こういう訴えをふくんだ文学芸術作品の組織化に全力をそそぎたい。