戦争・テロルか、多民族・多文化の平和的共生か

 

2001年9月20日

「コム・未来」全国調・運営委員会

ューヨークの摩天楼島マンハッタンのウオール街に近い金融・経済の中枢であるWTC (世界貿易センター)ビルと、ワシントンのホワイトハウスに近い軍事・政治の中枢であるペンタゴン(国防総省)本部は、一極覇権主義の超大国として宇宙空間にいたるまでの全世界を独占支配しようとして、利潤本位・国益本位の「ユニラテラリズム(単独行動主義)」をゴリ押ししてきた「世界一のUSA 」の象徴にほかならない。この「北」の現代資本主義文明の中枢部の核心において大炸裂した世紀転換期を画するこの歴史的な悲劇の突発―――「天変地異」ともいうべき異変の突発に直面させられたわたしたちは、ここに厳粛に緊急声明を発する。

(一)すべての犠牲者に心 からの哀悼を

 まずはじめにわたしたちは、今回の悲劇的事件によるすべての犠牲者に対して心からなる哀悼の意をこめた黙祷を捧げる。そして、現地の邦人二十四名をふくめた五千名を超えるといわれる多数の行方不明者の安否を気遣う家族・隣人・知友たちと憂慮を共にし、その救出・救援活動にささやかながらも全力をあげる。

(二)政治的責任のすべては、「世界一のならず者国家」―ブッシュ政権にある

 さしせまる現在の緊迫した危機のさなかに、危機を克服し乗り超えるための主体的連帯の志向を衷心から希求するわたしたちは、まさにそのゆえにこそ厳粛に声明する――
 ―今回の悲劇的事件を招来した政治的責任の一切、今回の事件に藉口・利用・便乗して臨戦体制へと誘導・煽動しつつある政治的責任の一切は、あげて、「世界の警察官=保安官」としてふるまっているブッシュ米政権にある、と。
 多国籍金融独占資本の権益と石油資本・軍産複合体の利権を代弁するブッシュ米政権は、IMF ・世界銀行・WTO(世界貿易機構)と結託し、N A T O (北大西洋条約機構・米日安保・アンザス等々の核安保軍事同盟に依拠しがら、「グローバリズム」としてゴリ押ししてきた。その結果「独り勝ち」「独善」の金融ビッグバン・IT バブルの「自由主義市場経済」政策と、核戦力前方展開・「南」抑圧・ミサイル防衛構想の「安全保障」軍事政策は、全世界と全地球に大災厄と諸矛盾をもたらし、なかんずくそれが久しく蓄積させた南の第三世界・辺境圏・最貧国における怨嗟・呪咀の声は、「反米感情」として周辺世界の隅々にまで浸透している。
 この「世界一のならずもの国家」=USA のブッシュ湾岸戦争トリオ$ュ権と、米日「新ガイドライン」安保の下その指揮棒にひたすら追従している「保安官副手」である小泉「構造改革」政権とに、その政治的責任の一切はある、と。彼らこそがこの悪夢的惨事をひきおこした政治的元凶である。
 ブッシュ米政権は偽善的にも白々しく「テロ排撃・テロ根絶」を言い立てている。
では訊ねるとしよう―――
 この八月二七日に、パレスチナ解放人民戦線(PFLP )のアブ・アリ・ムスタファ議長は、パレスチナ自治区ラマラにある自らのPFLP 本部において、侵犯してきたシオニスト・イスラエル軍ヘリのミサイルによるピンポイント攻撃をうけ、体をばらばらにされて暗殺された。これは「テロ」ではないのか!?イスラエルのシャロン政権によるこの無法きわまる「テロ」を黙認し、影にあって使嗾していたのは米ブッシュ政権ではないか。小泉「聖域なき構造改革」政権は、つい昨日のその時、議論の余地のない「シオニスト・テロ」に対して、一言の抗議の声さえもあげなかったではないか。
 こうした中東和平の〈オスロ合意〉を破産に追い込んだ昨年九月以来の経過は、シャロンが数百人の「民兵」をひきつれて「アクサ・モスク」に乱入し、乱暴狼藉をほしいままにした暴挙から、その端を発している。今回、ブッシュ米大統領が、確たる証拠も示すこともなく、「主要な容疑者」オサマ・ビン・ラディン氏と「彼をかくまっているテロ国家=タリバンのアフガニスタン」を抹殺すべき対象として発動しようとしている「ノーブル・イーグル」作戦なるものは、このイスラエル「シャロン」暴挙・テロリズムの“グローバル”化の凶暴きわまる「包括的急襲」企図にほかならない。
 「気高いワシ」! 何という孤立・独善の軍事作戦名であることよ! 宇宙の超上空からピンポイント爆撃で地上の生きとし生けるものをワシづかみに獲物にしようとでもいうのか!? もそもを言えば、かつての米ソ冷戦期にアフガンに侵攻してきたソ連邦軍に対して、「ゲリラ戦」を戦う「テロリスト」としてビン・ラディン氏を養成したのが、アメリカのCIA そのものではなかったか! 「気高いワシ」よ、恥を知るべきではないか。

(三)わたしたちは、テロリズム路線とは無縁である

 終始一貫・首尾一貫して労働者民衆自身の自己解放・自立・自治・自力更生の大業を公々然と推進しているわたしたちにとって、テロリズム路線が無縁であることは原則上も実際上も自明の前提である。
  シオニスト=シャロンの暴挙・侵犯・テロルに対するパレスチナ民衆の対応・抵抗は「アクサ・インティファーダ」としてはじまり、「自由と独立のため」の屈服なき不屈のたたかいとして現在もそれは英雄的に続けられている。これはもちろん「テロ行為」ではなく、民衆自身の自立・解放の政治的大衆行動である。東アジアの一角でわたしたちも、ブッシュ=小泉「新ガイドライン」安保同盟による対タリバン(アフガニスタン)侵攻の戦争テロル・「気高いワシ」作戦の発動を早期に阻止し挫折させるべく、政治的大衆行動の日本型展開の創発を檄するのである。

(四)「パクス・アメリカーナ」システムが没落期に入った

「パクス・アメリカーナ」の中枢部において、世界一の「金融バブル的な富」の象徴であるWTC (世界貿易センター)ビルと、世界一の「核軍事力」の象徴であるペンタゴン(国防総省)本部とが、今回の悲劇的事件によって同時に崩壊してしまったことは、巨視的・客観的に言うならば、新ミレニアム=21 世紀へ向けての一極覇権国家USA の「ユニラテラリズム(単独行動主義)」による天下御免≠フ独り勝ち≠フ世界支配秩序がついに解体期に入り、多国籍金融独占資本を世界基軸とする現代資本主義の「パクス・アメリカーナ」システムが世界史的な没落期に踏み込むにいたったことの象徴である。
 湾岸戦争後十年、米日安保同盟後五十年を迎えた、 今、われわれの眼前にあらわれ出てきたこの現実が示していることは、人類社会を労資・貧富・南北に大分裂させ、地球社会における自然生態系・環境を人間文明から敵対的に離反させ、汚染・破壊してきた現代資本主義世界システムが、臨界閾に達しつつあるということである。そのなかでとりわけ、グローバル・インターネット資本主義における「金融バブル・IT バブル」の“カジノ資本主義”のマネーゲームを取り仕切り、「スペース・ウオー(宇宙戦争)」「核独覇」「ミサイル防衛」の前方展開核世界戦略♀j安全保障ゲームを取り仕切ってきたのが、何でも世界一を誇示して人もなげに君臨するUSA のブッシュ政権にほかならない。
  ブッシュ米政権は、地球温暖化防止の「京都議定書」の批准をキャンセルし、生物兵器禁止条約の国際協議から脱退し、国連の人種差別反対世界会議からイスラエルとともに退席していること。また、シオニスト・イスラエルと組んで中東和平の〈オスロ合意〉を破産させ、「北朝鮮」を「テロ国家」と敵視しつづけて朝鮮半島の南北共同声明以来の「自主的・平和的統一」への歩みを妨害し、中国を「仮想敵国」とみなし、イラク/ボスニア・ヘツツェゴヴィナ/コソヴォ/ユーゴスラヴィア/マケドニアへの内政干渉・侵犯・内紛使傲をあえてしている。
  さらにABM (弾頭弾迎撃ミサイル)制限条約とCTBT (包括的核実験禁止条約)を蹂躙して離脱表明を行い、「核独覇」を狙って「ミサイル防衛構想」に狂奔し、「地域核・戦域核の小型核兵器の開発・配備」を行っている。こうした「世界一のならずもの国家」となり、地球と人類の「敵」となり、全世界からの「鼻つまみ者」になっているのである。
  わたしたちの属してきた古典的な東アジア世界の文化的伝統には、「天意」「天罰」「天誅」「天譴」といった一連の〈天〉から降ってくる倫理的概念がある。そのような古典的判定に従うならば、今回のマンハッタン摩天楼と宇宙戦争センターへ天から降って来た911 〈大災厄〉は、まさにそうした天地人¥ロ徴的な古典的意味をもつ奇瑞のたぐいであろう。その現在立入り禁止中の爆心地=グラウンド・ゼロが、侵略・戦争・暴力・差別の拡大の発火点になるか、それとも文明再生の根幹になるかは、まさにアメリカ市民自身の今後の主体的選択にかかっている。
  はっきりしていることは次のことである。西欧中心主義的な白人差別主義者たちの「オリエンタリズム」と、現代文明をただただ悪魔祓いしようとする「イスラム原理主義・テロリズム」とは、まさに互いに裏がえしの関係にあるにすぎないのだ。そのような資本の「グローバリズム」と国家の「ナショナリズム」の世界的共犯・悪循環関係の副産物でしかない「文明の衝突」論には、21 世紀の人類文明を蘇生させる自己浄化力・自己革命力などは持ちうべくもないのだ。

(五)多民族・多文化の相互主体的な関係性における共生の人類文明社会を

 アメリカ市民の「最高の知的良心」であるノーム・チョムスキーとロバート・フィクスが、今回の事件に接して、現代アメリカ型文明の最中枢から全世界へ向けて発信してきているように、「これからの時代に世界が信ずることを要求されるのは、民主主義とテロルとの闘いではない」。ましてや、今日、全世界の面前で面目を失ったブッシュやパウエルがわめき立てているような「善と悪との闘い」や「アメリカ文明に象徴される国際文明社会とテロルとの闘い」といったものでは全くない。
  わたしたちが相共に志向すべき解放された人間、解放された社会、解放された世界とは、アソシエーショナルな、そしてエコロジカルな人類文明社会として、多様な諸価値・諸生態が共生する多民族・多宗教・多言語・多文化・多習俗等々が相互主体的関係性をもって共存・共栄してゆく、自己解放的な自治・連帯社会にほかならないのだ。そのアソシエーショナルでエコロジカルな方向性にしか、21 世紀の人類文明が持続発展可能なものとして生き続け生き残ってゆける歴史的可能性はありえないのである。

(六)反戦・反グローバリズムの国際連帯の道を

 米政権にバックアップされたシオニスト・イスラエルのテロ・暴力・侵犯に抗して、「自由と独立」をめざしてインティファーダの抵抗を永続させているパレスチナの民にわたしたちは民際的に連帯する。ここ東アジアにおいて多様な共生を求める政治的主体として、USA と多国籍金融独占資本・IMF ・世界銀行・WTO が全球的・宇宙的に押し進めているグローバリズム≠フ自由市場経済政策ならびに世界安保政策に対して、異議申し立てと抗議行動に起ち上がりはじめた世界いたるところの「反グローバリズム」の立場に立つ。シアトル(一九九九年一二月の反WTO デモ)・沖縄名護(二〇〇〇年七月の反沖縄サミット・デモ)・ジェノヴァ(二〇〇一年の反サミット・デモ)の連続的な民衆大連合の巨大な「反グローバリズム」運動の流れの発展線上に、今回のブッシュ米政権による「ノーブル・イーグル」作戦なる国家暴力・テロ・侵犯戦争の発動・拡大に反対する歴史的大運動の一環をここ東アジアの企業・安保大国日本において担うことを固く決意している。
  わたしたちの政治行動の基準は、民際的・国際的な連帯による、パレスチナ「インティファーダ」抵抗の道であり、シアトルから沖縄名護へ、そしてジェノヴァの「反グローバリズム」抵抗の道である。わたしたちは大衆の連帯と自立のこの道を行く。

(七)日米ガイドライン安保下の日本の参戦を許すな!

21 世紀型の最初の戦争」の報復的発動を企図するブッシュ政権は「国家非常事態」宣言を発して、湾岸戦争以来の「五万人の予備兵」を招集し、緊急動員した三万五千人の航空関係技術者らを全米本土の基地に配備するとともに、海外にあるわが三沢・厚木・横須賀・岩国・佐世保・嘉手納・沖縄の各米軍基地をはじめとする全世界の基地・航空戦力・艦隊勢力・地上戦力・兵站戦力をフル動員して、タリバン=アフガン侵攻の「広範で持続的な長期作戦」の臨戦体制を布置しつつある。世界的事態として一触即発である。
  現在、ブッシュ米政権は、タリバン・アフガンに対する包囲網を組織しながら、パキスタン政府特使をアフガン南部のカンダハルに赴かせて、タリバン政府(モハマド・オマール師)に対して「三日間の猶予付き」の最後通牒を手交させ、「ビン・ラディンの身柄を生贄として直ちに差し出せ」と脅迫外交を展開中である。そうしたブッシュ「ノーブル・イーグル」作戦の、前方展開核世界戦略の軍事力的背景基地は、南インド洋のディエゴガルシア島基地を中心に現在、集結・集中している。
  巡航ミサイル・艦載機を滴載したエンタープライズ、ノールビンソン、ステミス、キティーホークの空母艦隊がその沿洋に展開する主力である。さらに、アフガン隣境を包囲し、ブッシュ米政権が軍事交渉中の各基地にも、ありあまる巡航ミサイル、戦闘爆撃機、陸海特殊部隊、地上軍、兵站戦力が展開している。
  それらの前線展基地への米軍全戦力の集結・配備・兵站を供給しているのが、沖縄をはじめとする米日「新ガイドライン」安保・周辺事態法・有事法制下の在日米軍基地にほかならない。米本土からインド洋・中東・アフガン周辺へといたるグローバルな長大な戦争補給ルートは、米日「新ガイドライン」安保下にある日本列島・沖縄南諸島を不可欠な「要め石(キイ・ストーン)」として中間・媒介することなしには、絶対に機能することはできない。
  従って、ブッシュ「ホワイト・イーグル」作戦に追従し軍事協力する小泉「後方支援」態勢とは、「平和日本」が米軍のテロル暴力戦争に“巻き込まれる”のではなく、積極的・能動的に「加害者」として対タリバン=アフガンへ戦争・テロルに参加することにほかならない。靖国神社参拝の小泉首相を載いた日本政府の「対米貢献・特例後方支援」の戦争参加・協力をヌキにしては「ホワイト・イーグル」作戦そのものが成り立たないのだ。
  だからこそ、わたしたちは自らの非核・反戦・反基地・反軍・九条護憲の主体的責任において、一滴の血も流すな、一円のカネも出すな、自衛隊も送るな、集団的自衛権・後方支援・基地協力・輸送協力・兵站補給・治安警備などの一切の戦争加担協力をするな、と一点の曇りもなく提起する。これが一番現実的な憲法第九条に基づく日本の平和外交政策・反覇権平和政策の展開である。
  当面緊急なその大衆行動の自立の発展・展望の志向には、米日安保条約の破棄通告、憲法第9 条の平和的生存権の確保と戦争・戦力の放棄の具現化・普遍化、沖縄米軍基地の撤去と沖縄の自立、北東アジアの非核・非戦地帯の条約化、南北朝鮮の自主的・平和的統一との連帯、台湾海峡の「平和の海」化、東アジア・太平洋の民衆と共生する日本の構造的変革の具体的展望が次第に焦点を合わせて浮かび出てくるであろう。

(八)経済危機と政治危機の複合が全地球化してくる。小泉政権の打倒へ

 アメリカ発の戦争テロル危機と証券経済危機が、小泉「痛みをともなう構造改革」政権下の企業・安保大国日本をも運命共同体的に、無理心中的にまきこみながら、経済危機と政治危機の複合をまさに全球的に連鎖・波及させつつある。その規模と速度はかつてなく巨大で迅速である。G7に属する西欧・日本の諸大国の「対テロ包囲網」なるものへの同調と「金利引下げ」「超金融緩和」の国際協調によって、「ホワイト・イーグル」作戦発動目前における世界同時株安・世界同時セッションは辛うじて回避されたが、先進¥迫強がマネーゲーム的巨富と恐怖の核威嚇力のすべてを投じて勝ち取ったこのような「猶予期間」は長持ちするものではありえない。
  とりわけ、わたしたちは、十年前の湾岸戦争への「国際的貢献」協力からバブル経済の崩壊、「平成」大不況の慢性化へと踏み込み、小選挙区制をはじめとするさまざまな「政治改革」的詐術・腐敗によって人為的に自民党支配を保持させながら「危機」の処理を先送り・先送りして「失われた十年間」の空費を抱え込み、今日の小泉「構造改革」にいたった。この歴史的経験は、アメリカ発の全球的危機の連動的発現が、このたぐいの「恐怖の同盟」に基づく国際協調によって糊塗され、隠蔽され、先送りされればされるほど、引き延ばされた経済的・政治的危機の爆発力が致命的なまでに内攻し、累積するものであることを、数々のしたたかな生活的事実をもって教えている。
  父ブッシュ政権は「湾岸戦争」を社会主義諸国体制の崩壊期に先行して発動し、フセインのイラクに対する電撃的勝利と日本・西独からの戦費のまきあげとに双つながら奇功を収めて、ドル・核帝国を単一の現代資本主義世界システムの一極覇権国家へと押し出すことに成功した。この故智≠ノならって、ブッシュ・ジュニア政権は十年後の現在、自らのグローバリズムのあくなき利潤追求・抑圧が自ら招き入れることとなった悲劇的事件の発生を、「奇貨おくべし」とばかりに利用・運用して、IT バブル崩壊による独り勝ち≠フ「ニュー・エコノミー」の凋落的危機を、準戦時国民再統合と「テロ根絶国際包囲網」なる世界再統合に基づく「ホワイト・イーグル」軍事作戦の発動によって、全世界に犠牲を転嫁しながら乗り切ろうと策している。
  しかしながら「湾岸戦争」の独り占め勝利∴ネ後十年が経った、現在の世紀転換期の現代資本主義の置かれている歴史的条件は、かつての「自由民主主義の勝利」「資本主義の世界制覇」「歴史の終焉」がユーフォリア(自己陶酔)的に宣伝された時期とは一変して、「グローバリズム=リベラル・デモクラシーの破産」「資本主義のシステミック・クライシス」「ドル・株価・国債のトリプル安」「歴史的能動性の再賦活化」の胎動が、誰の身体にも“分子的変化”となって感じられる時期へと入ってきている。「9 1 1 大災厄」以後のこらからの経過は、日々にそのことをさらに露出させるであろう。もはや年内にも、アメリカ発の複合的危機の連鎖・波及によって、東アジアにおける九六年金融・通貨危機が再現することは避けがたいかもしれない。そのような東アジア危機の再現は、今回は沖縄島を軍事的・経済的要め石(キイ・ストーン)として媒介しながら、東アジアの全地域・全海域において、経済危機の単なる再演的深化にはとどまらない金融・通貨危機と政治危機・政府危機との接近・複合をもたらし、そこに活きる主体の自己決定的構想を問うことにならざるをえないであろう。
  だから、米日安保「運命共同体」式にくくりつけられたブッシュ米政権の「ホワイト・イーグル」軍事作戦の発動と長期化、アメリカ一極に集中していた資本・資金の国際的移動・還流メカニズムの逆回路化の転流の開始、米日「覇権」国家経済のデフレ・スパイラルの亢進からインフレ・ターゲット設定の超金融緩和への同時・重複スウィッチ切り替えの進行といった「21 世紀型危機」の初発的発現形態のなかで、近未来の現実化として自民党の大熔解と小泉連立政権の急転直下型消亡はもはや避けられなくなった、とわたしたちは断言する。

(九)―略―

(十)〈いま・ここで〉の直面している主体の核心的課題は何か

 九月二一日、日本海上自衛隊の軍艦数雙が横須賀軍港から「米英撃滅」のハワイ・マレー沖出撃以来六〇年ぶりに、米第七艦隊空母キティホークの「ノーブル・イーグル」=「インフィニット・ジャスティス」軍事作戦発動のためのインド洋・アラビア海への出港・出撃に追随して、出港・出撃して行った。痛みも血もともなう小泉「対米支援・構造改革」連立政権下で。
 
ホットな「世界戦争」「評議会革命」「スターリニズムとファシズム」の時代が終わり、つづいて「植民地体制の全世界的崩壊」「米ソの世界的規模における体制間対立なるコールド・ウオー(冷戦)」の時代も終わり、見えざる敵≠ニの「シャドー・ウオーの時代」・「世界大不況・世界恐慌の二一世紀型接近の時代」が始まった、
柳条湖事件(満州事変)七十周年、米日安保同盟五十周年、湾岸戦争勃発・ソ連邦崩壊十周年を画した、この記念すべき世界史的分岐点において、臨界閾にある人類文明社会が問われているのは、労資・貧富・南北への人類の二極化的分裂の歴史的揚棄、自然生態系・地球環境・身体的自然のエコロジカル・クライシスからの蘇生・再生、現代市民社会=大衆社会と現代国民国家=福祉国家の自壊的荒廃・危機からの脱出・変革・再建、近代知の身心・主客・自他「二元論」的分裂からの相互主体交通的・天地人調和的回復、といった一連不可分な根源的な(ラジカルな)世界史的主題であろう。
 アソシエーショナルにしてエコロジカルなそのような主体的課題を相共に実践的・思想的・論理的に解いてゆく総体的にして継続的な21 世紀の過程は、20 世紀からの所与的遺産である現代資本主義の危機に対する批判的分析の全面化と、スターリン主義の否定的残余に対する徹底的総括の深化とに、深く広く依拠しながら、解体的危機のどん底にあって苦悩している大衆的主体の自立と連帯をめざす自己表現と行動的創発を内発的に促してゆくことからしか始まらないであろう。
インド洋・アフガンに「日の丸」を立てようとする小泉「対米支援・構造改革」政権の自衛隊海外派兵に反対している既成政党は、戦後革新勢力の最後の残存ともいうべき社会民主党・日本共産党の二つだけである。戦後の、そればかりでなく二○世紀の既成の価値体系と制度枠組のすべてが、もはや今日では失効してしまって、通用しなくなってしまっているのである。
今日の主体的危機のどん底にあって、主体的な責任感と能動性をもって考え、行動しようとしているほどの面々にとっては、当面のさしせまった短期的な行動目標と、安保破棄・沖縄自立・東アジア共生・自然再生を核心とする中期政策、ならびに多国籍金融独占資本と一極覇権国家アメリカをはじめとするG7 諸大国とを基軸とする現代資本主義世界システムを転覆・転換・変革する長期綱領とが、一連不可分の連続性・重慮性をもって迫ってきているのが、最大に特異な特徴であるといえる。第二期コム・未来が二一世紀の変革プログラムの獲得を急ぐ問題意義はここにある。
 この〈いま・ここ〉の時代的特性は相互に因となって果となって、このような把え方が深まり鮮やかになるにつれて「受動性」と「麻痺」から脱した大衆行動の創発が早まり強まり、そのような自立と連帯の大衆行動が喚発されればされるほど連続的・重慮的」な時代把握も豊かに鮮明となる関係にある。
 マイカル倒産もからんだ九月銀行危機の深刻化とそれをも上回る規模・速度の対タリバン=アフガン戦争危機が複合する大渦動のなかで、「構造改革工程表」も「骨太な方針」も「三十兆円国債増発限度」も「特殊法人改革」も「日銀の六兆円金融緩和限度」も「憲法の枠内でできることを」も、「周辺事態には中東やインドもふくまない」も、「自衛隊の武力行使参加や武器・弾薬輸送には携わらない」も、一切合財がもはやぜんぶすっ飛んでしまい、「絵に描いたモチ」「ペーパーだけが残る作文」となって四散しつつある。
 この事態はブッシュ=小泉「核安保」体制の下で一気に政治・経済・社会の反動化が進んだことを意味するが、同時にそれは小泉「構造改革」政権がすでに事実上は「死に体」となっていることをも意味している。「気高いワシ」が舞う超上空からの小泉「ウルトラ」総理の急転直下型の失速・堕落は近い。九月末米日首脳会談・臨時国会を発火点として、今秋・年内の政治再編・経済再編の大激動が開始されるのである。
 小泉「構造改革」政権が墜落ないしは腰挫けとなり、自民党がメルト・ダウンし、与野党の対立そのものが無意味化する議会政党政治情況が、刻々と露わになっていくだろう。そうした年内政治過程において、もしも民衆が頼みに足る次の政治的「受け皿」が何も創出されず、言うに足る主体的「自己革命」「自己再形成」の準備が何もなされなかったとするならば、小泉「ブーム」に時代変革・情勢変化の幻想的希望を託した大衆の幻滅感は底知れず巨大で暗々滅々なものとなるであろう。その明るい闇の底にボコッとあいてしまった空虚から、自然発生的に「左翼」や「革新」への希望と期待が舞い戻ってくる、といった簡便・重宝な怠け話は活きた歴史的激動の場面においてはありえない。その巨大な幻滅は恐るべきものであって、政治的にどこへ向かうかは測り知れないところがある。
 〈いま・ここで〉で直ちに21世紀型的課題を解くに足る、担うに足る新しい対抗勢力とその拠り所となる「党」的主体、統一戦線の主体的創発・形成にとりかかる必要がある。その胎動を自立と連帯をめざす大衆の初発的関心・行動に結びつけてゆくわたしたちの主体的任務には、猶予を許されないものがある。明快・冷静・着実・迅速に系統的にこの困難だがやりがいのある仕事にとりかかろう。

(編集部注) 全国調・運営委員会の声明は、長文のため本稿はその骨子となってます。